今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:宴のあと 黒瀬陽 2018年8月6

来月のお題:エモい
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お題:宴のあと/黒瀬陽 2018年8月6日
祭りのあとのあと


 書店まわりの初日は路面電車の移動がメインで、数日前に掲載がはじまった私のデビュー作の広告は、そのときお目にかかれるはずだった。広電に自分の作品の広告が載るのはじつに感慨深かった。
 小学生のころサッカーの遠征でチームの仲間と並んで乗ったのを思い出す。たいてい電停で待っているとチームの誰かがボールを落とし、それを電車がひいてバンッと強烈な破裂音がこだましたものだ。市内一律150円だった運賃がいつしか160円となり、昨年ひと息に180円へと値上げした。いつの間にかICカードが導入され、さいきんはスイカも使えるようになった。
 書店まわりではサイン本や色紙をつくるのだが、この日に備えて「クロレモン」というキャラクターを創作しておいた。作中に登場する『めちゃイケ』の人気キャラクター「オカレモン」を模したものだった。色紙にイラストを添えたほうが人目をひくからと、エージェントの村上さんの提案でこしらえたのだ。わりあい好評だった。
 本の発売日にこっそり書店に見に行っていた。ところが、自分の本は一冊も置いておらず、検索すると在庫はゼロ件だった。私はショックで打ちひしがれて家に戻った。担当編集さんによると、大阪地震の影響でJR貨物がストップし、数日遅れるとのことだった。だから訪問先の書店で平積みしてあり、手作りのポップやパネルで飾ってあるのを見て感動はひとしおだった。
 廣文館の社長さんにご挨拶できたのも感激だった。廣文館は創業100年になる地元の老舗書店チェーンである。小さいころから漫画や小説、受験生のときは参考書でさんざんお世話になった。たいへん気さくな方で、ご丁寧に菓子折りまでいただいた。その節はありがとうございました。
 この日は西日本豪雨のさなかで、広島はひどい土砂降りだった。結局、路面電車に乗ったのは一度きりで、もっぱらタクシー移動となり、広電の広告は拝見できなかった。一カ月掲載されるそうなので、またの機会にすることにした。
 書店まわりのあと書店員さんとの会食が用意されていたが、それも豪雨のため中止となった。かわりに村上さんと担当営業さんとささやかな打ち上げをしたが、その間十分おきにスマホの警報が鳴っていた。宴のあと、街に出ると不思議と雨はやんでいた。
 後日、広電の広告を拝見するため路面電車に乗った。全車両に載っているわけではないと聞かされていたので、発見するまで運賃がいくらかかるか心配だった。だが、わざわざ乗車する必要はないとすぐにわかった。広告は運転席の背面という特等席に掲載されていた。つまり、電停から運転手の後ろだけ遠目に確認すればいいのである。
 目当ての電車は待ちはじめて四台目、二つめの広島駅行きで発見した。私は乗りこむやいなや先頭の席を陣どり、やがて停車したのを見計らって広告の前に仁王立ちした。まわりの乗客が不審がり、運転手がミラー越しにチラチラ見るのもお構いなく、スマホのカメラで撮影した。


広電に掲出された『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』の広告

 青空と入道雲をバックに「“THE 広島 青春小説”ができました/ぼくらは紙屋町を駆け抜ける!広電とともに!」の文字がおどっていた。コピーのとおり、紙屋町を経由する広島駅行きの車両に掲載されていた。先月紹介した特製リーフレットの告知とQRコードまであった。
『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』――広島の街を走る路面電車の風景にマッチしていた。スマホを下ろして眺めながら、いいタイトルだと思った。自分があげた候補のなかから選ばれたものだが、私は当初『SWEET 14 BLUES』をプッシュしていた。
 安室奈美恵のセカンドアルバム『SWEET 19 BLUES』をもじったのだが、カッコよすぎて作品のしょうもない感じが出ていない、と却下された。たしかにレトロな路面電車の景色に英文のタイトルは似合わない気がする……。
『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』は、『エヴァンゲリオン』で碇シンジが綾波レイに言った名ゼリフ、「別れ際にさよならなんて、悲しいこと言うなよ」の広島弁バージョンである。『別れ際〜』にいまいち確信を持てなかったのは、「じゃあの」が広島弁かどうか怪しかったからである。
 だが、広島出身のボクシング世界ミドル級王者・竹原慎二さんのブログが、決まって「じゃあの。」で締められているのを思い返せば〝THE 広島弁〟である。シンジさんが言っているのだから間違いない。タイトルに惹かれて買ったという声もあった。
 安室の『SWEET 19 BLUES』は1996年、私が初めて買ったアルバムで思い入れがあった。担当編集さんが気を利かせて、裏表紙の紹介文に「友情と青春のメモリー(ルビ・SWEET 14 BLUES)」と入れてくれた。「友情と青春のメモリー」と書いて「SWEET 14 BLUES」と読むのである。
 これは桑田佳祐&Mr.Childrenの『奇跡の地球』が、「地球」と書いて「ほし」と読むのと一緒である。ちなみに、私がはじめて買ったCDはミスチルの『名もなき詩』だった。こちらは「詩」と書いて「うた」と読む。
 1995年発売の『奇跡の地球』は、桑田佳祐が『月』、『祭りのあと』に続いて出したシングルだったので、ミスチルファンだった私は、なんでこんな演歌みたいな渋いおじさんと歌うのかと首を捻っていた。小学生には桑田佳祐のよさは早すぎた……。出身小学校を通りすぎると無性に電車を降りたくなった。少し寄り道して帰ろう。


著者プロフィール

近況:
カープが二位以下を引き離して独走態勢。3日のマジック点灯こそ逃したものの、もはや時間の問題だろう。三連覇は巨人以外どこも果たしていない偉業である。広島のせいでセ・リーグがつまらないと言われるとカチンとくるが、それにしても巨人のV9って……。

黒瀬陽(くろせ・よう)
1982年、広島市生まれ。市内の小・中・高校を経て、早稲田大学人間科学部卒業後、東京大学大学院修士課程修了。2017年、『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』(受賞時の『クルンテープマハナコーン(ry』を改題)で第20回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。2018年6月、早川書房より刊行された同作品で作家デビュー。


Back Number 2017

8月のお題:宴のあと
祭りのあとのあと……………………黒瀬陽

7月のお題:96
時に、西暦一九九六年………………黒瀬陽
身体は出口を感じてる?…………尾﨑英子
プレハブ小屋の店長………………園山創介
職業体験記………………………小嶋陽太郎

6月のお題:夏への扉
イマジナリーフレンドと『くらげホテル』
       ……………………尾﨑英子

はじめましたって言われるアレ
       …………………小嶋陽太郎

膨張狂想曲……………………………黒瀬陽
割り箸の上の鳥……………………園山創介

5月のお題:トラベル・ミステリー
愛と幻想のタイムトラベル…………黒瀬陽
うつろな温泉………………………園山創介
あずさにて………………………小嶋陽太郎

4月のお題:櫻の樹の下に
黒瀬陽の東方見聞録…………………黒瀬陽
愛でたい春…………………………尾﨑英子
らんまん娘と薬味…………………園山創介
秘密の活動………………………小嶋陽太郎

3月のお題:卒業
同級生だもの………………………尾﨑英子
my graduation………………………黒瀬陽
Taiko Super Kicks のちヨシキ
       ……………………小嶋陽太郎
 
はじまり旅行………………………園山創介

2月のお題:聖バレンタインの惨劇
さよなら平成…………………………黒瀬陽
猟奇的な彼女……………………小嶋陽太郎

1月のお題:無題
お犬様と年男…………………………黒瀬陽
2018年宣言…………………小嶋陽太郎

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