今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:エモい 黒瀬陽 2018年9月10日

来月のお題:平成の終わりに
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お題:エモい/黒瀬陽 2018年9月10日
夕暮れのマジック


 十年ほど前だろうか、某新人賞の最終候補に残った私は、PCでニコニコ動画を観ながら電話がかかってくるのを待っていた。選考会は七時に終わる予定だった。
 私が観ていたのはマイ・ケミカル・ロマンスのライブ動画だったが、そのとき繰り返し流れてきたのが「エモ」「エモい」というコメントだった。ロックに「エモ」というジャンルがあるのを私がはじめて知った瞬間だった。
 七時を少しすぎたころ編集者から連絡があった。電話の声は言いづらそうに、「ダメでした……」と結果を伝えた。誰が推してくれたのかと訊くと、今度はにべもなく「一票も入りませんでした」と告げられた。「あっ、〇〇さんがちょっとだけ褒めていました」とつけ加えるが、慰めにもならない……。ニコ動の『ウェルカム・トゥ・ザ・ブラックパレード』はこのときの気分にピッタリだった。
「エモ」とはエモーショナルな、つまりメロディアスで感傷的な音楽を言うらしいが、当のマイケミは「エモ」と括られることを拒絶している。ウィキペディアの「マイ・ケミカル・ロマンス」の記事によると、ボーカルのジェラルド・ウェイは「エモ」に関してつぎのように発言している。
「本来的には、僕達の音楽についてエモだと分類することは全くの誤りだ。(……)僕はエモというジャンルに関してはただのゴミクズ(fucking garbage)だと思うし、くだらないと思う。(……)今僕に言える事は、誰もがエモ・バンドのレコードと僕達のレコードをそれぞれ聴き比べれば、何処にも似ている箇所はないとわかる、という事だ。エモはそびえ立つクソ(a pile of shit)だと思うよ」
 散々な言われようであるが、小説も同様だろう。たいてい感情たれ流しの作品は玄人ウケしない。抑制のきいた筆致こそが優れているとされる。私のデビュー作『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』も、感情たれ流しという意味で「エモ」だろう。残念ながら、作者自身がそう思う。
『じゃあの』を書いているとき何度か胸をよぎったのは、市川真人著『芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったのか』のある記述である。いわく「夕暮れのマジック」というものがあり、市川氏は『ALWAYS 三丁目の夕日』や『エヴァンゲリオン』を例に、夕暮れの「さようなら」「お帰りなさい」効果について論じている。
「学校」と「家族」を分かつ夕暮れどきは「帰らなきゃ」と人びとに思わせ、パブロフの犬的に感傷的な「寂しい」気持ちにさせるという。だから、よく読めばロクでもない話の『走れメロス』が、夕陽に向かってメロスが走ることで、感動物語にすり替えられてしまう。「夕陽の魔力」を使えば、容易に「エモさ」を演出できるわけである。
 思い当るふしがないではない。たとえば『じゃあの』では、TKの家に遊びにいって給水塔のてっぺんから夕暮れの街を見下ろすシーン、釣りに行って橋の上から夕陽に染まった川を眺めるシーン、エヴァの電車のシーンを連想させる夕暮れの告白シーンなど多用している。しかし、わかっちゃいけるけどやめられないというか、私は夕暮れのシーンが、「エモ」が大好きなのである! いかに安易と責められようが、好きなんだからしょうがない。


釣りのシーンに登場する川

 マイケミの動画を観ながら受賞を待ち望んだ作品は、夢の文芸誌への掲載を逃したが、先日、某文芸誌のインタビュー記事の掲載が決まり、東京の出版社で取材を受けた。念願かなっての文芸誌デビューである。
 ところが、〝広島版スタンド・バイ・ミー〟と銘打っておきながら、私は小説版の『スタンド・バイ・ミー』を読んでいなかった(映画版はくり返し観ている)。そこでインタビューに備えて、キングの原作に眼を通してみることにした。
 ここでも重要な場面で「夕暮れのマジック」が登場する。「もう低くなってきた太陽が、高い木々の葉のあいだから、折れ曲がった、ほこりっぽい光の矢を射こみ、すべてのものを黄金(きん)色に染めている」森のなかで、仲間といっしょに職業訓練コースへ行くという主人公を、親友のクリスが「頭のいいやつら」のいるカレッジ・コースに進学するよう説得する。自分を含めた「おまえの友達がおまえの足を引っぱ」っていると。
 そして、「夕方近い緑と黄金の光の中で、ひどくこわばった、悲しそうな表情を見せ」ながら、クリスは盗んだ学校のミルク代を教師に返したら裏切られたことを打ち明ける。夕陽の効果も手伝ってか、「エモい」ジーンとする場面である。
 文芸誌のインタビューでは、中高生のころ漫画家を目指していたものの画力に難があり、小説に転向したいきさつなどを話した。くわしくは記事を読んでいただきたいが、その帰り道、同行していた担当編集さんに宣伝用の漫画の執筆を依頼された。つぎの行き先の池袋の書店へと向かう道を夕陽が照らし、昼間の熱が残るアスファルトに私たちの長い影を焼きつけていた。
 現在4コマを描いているが、漫画の執筆はじつに二十年ぶりだった。画力に成長は見られず、悪戦苦闘がつづいている。遠回りではあったものの、中高生のころの夢が叶ったかたちである。
 ……おっと、出版社からの帰り道はまだ五時前で夕暮れには時間があった。油断していると、「エモい」場面ですぐ夕陽を持ち出してしまうからたちが悪い。

著者プロフィール

近況:
本文中の宣伝用漫画「クロレモン日記」はnoteの早川書房のページで公開されている(こちら)。また現在、『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』の冒頭3章も無料公開中(こちら)。キング『スタンド・バイ・ミー』の引用元は新潮文庫の山田順子訳である。

黒瀬陽(くろせ・よう)
1982年、広島市生まれ。市内の小・中・高校を経て、早稲田大学人間科学部卒業後、東京大学大学院修士課程修了。2017年、『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』(受賞時の『クルンテープマハナコーン(ry』を改題)で第20回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。2018年6月、早川書房より刊行された同作品で作家デビュー。


Back Number 2017

9月のお題:エモい
母がなくなって、一年経って……尾﨑英子
夕暮れのマジック……………………黒瀬陽
ほんものの競馬おじさん………小嶋陽太郎
はじめての木登り…………………園山創介

8月のお題:宴のあと
祭りのあとのあと……………………黒瀬陽
ATMコーナーのおばあさん………園山創介
膝の痛え家………………………小嶋陽太郎

7月のお題:96
時に、西暦一九九六年………………黒瀬陽
身体は出口を感じてる?…………尾﨑英子
プレハブ小屋の店長………………園山創介
職業体験記………………………小嶋陽太郎

6月のお題:夏への扉
イマジナリーフレンドと『くらげホテル』
       ……………………尾﨑英子

はじめましたって言われるアレ
       …………………小嶋陽太郎

膨張狂想曲……………………………黒瀬陽
割り箸の上の鳥……………………園山創介

5月のお題:トラベル・ミステリー
愛と幻想のタイムトラベル…………黒瀬陽
うつろな温泉………………………園山創介
あずさにて………………………小嶋陽太郎

4月のお題:櫻の樹の下に
黒瀬陽の東方見聞録…………………黒瀬陽
愛でたい春…………………………尾﨑英子
らんまん娘と薬味…………………園山創介
秘密の活動………………………小嶋陽太郎

3月のお題:卒業
同級生だもの………………………尾﨑英子
my graduation………………………黒瀬陽
Taiko Super Kicks のちヨシキ
       ……………………小嶋陽太郎
 
はじまり旅行………………………園山創介

2月のお題:聖バレンタインの惨劇
さよなら平成…………………………黒瀬陽
猟奇的な彼女……………………小嶋陽太郎

1月のお題:無題
お犬様と年男…………………………黒瀬陽
2018年宣言…………………小嶋陽太郎

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