今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:エモい 園山創介 2018年9月24日

来月のお題:平成の終わりに
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お題:エモい/園山創介 2018年9月24日
はじめての木登り


 あるとき、自宅の自転車置き場の脇の芝生を見ると、緑の絨毯に、二、三センチほどの土のかたまりがあった。
「いったいなんだろう」
 昆虫の仕業かミミズのフンのかたまりだろうか。雨が降ればなくなるだろう。
 それから何日かすると、土のかたまりが四つに増えていた。ちかくでよく見ると何かのフンのようだ。どこかの野良の犬猫が散歩がてらに用を足しているのかもしれない。きっと、今までもそういうことがあっただろう。しかし、目立たなかったので気にかけたこともなかった。
 しかし、フンが風化する前に、三つも増えるとは腹立たしい。これで終わりならいいが、四つも五つも、六つも七つもとなると、ここが動物たちの公衆トイレと化してしまう。
 すでに、彼らの中では、
「芝生のトイレが最高です」
「ゆったりできるのでおススメです」
 などと、動物界の『フンログ』で、お勧めのトイレスポットとして知れ渡っているかもしれない。
「それはいかん」
 カリントウのようなフンをスコップで拾いあげていく。芝生のところどころにぽつりぽつりとフンが落ちている。犬のマーキングのように、排泄物が残っていると目印にされるかもしれない。どうせ拾うならすべて回収しよう。
 目線を下げて、芝生に顔を近づける。フンがひとつ、フンがふたつ……。他にもフンはないかと芝生の上を見渡す。むむっ、ゴミか。ああっ、枯葉か。ややっ、ネジだ。以前失くした自転車のネジがこんなところで見つかった。しかし、もう必要がない。風化して半分になったフンも見つかった。
 宝探しなら大量に見つかれば大満足だが、フン探しで大量に見つかると大不満足だ。結局、フンは四個半見つかった。
 スコップに載せて庭の隅に埋めようと移動する。いったいどこのどいつの仕業だ。ひょっとして近くにいるんじゃないか。イライラがつのってきたので、ちかくに野良がいたら威嚇しようと、猛獣のように目をするどくして、あたりを見回す。前の通りを郵便局員のバイクが過ぎ去った。
「いかんいかん」
 屋外で、スコップに犬猫のフンを乗せて周りを威嚇していたら、ワイドショーに取り上げられるような危険人物になってしまう。落ちつこう。
「野良ってやつはどこからやってくるんだろう」
 庭の隅にフンを埋めて、あたりを見回す。周囲は住宅に囲まれている。このあたりに公園や神社もないので、動物がくつろげるような長閑な環境ではない。どこか遠くの公園と神社を繋ぐ通り道になっているのだろうか。犬や猫を飼ったことがないから習性もわからない。
 ときどき、街中で水の入ったペットボトルが置いてあるのを見かけるが、あれを置けば動物避けになるのかもしれない。フン害が続くようなら対抗策を講じよう。
 ある休日の朝、天気を見ようと室内から外を見ると芝生に猫がいた。灰色をした子猫で、毛が綿菓子のようにふわふわに見える。子猫は芝生の上をゆっくりと歩いている。迷い込んだというより、いつもの慣れた散歩道といったようすだ。
「この子がフン害の犯人、いや犯猫、いや容疑猫か」
 ここでフンをしないように知らしめるにはどうすればいいのだろう。対策について本やネットで調べたわけではないのでわからなかった。
 友人の家で、飼い猫用のトイレが置いてあるのを見たことがある。猫も「ここはトイレ」「ここはトイレではない」と学習できるのだろう。飼い猫と野良猫の違いはあるが、そうできるのだから、躾じゃなくても生きる知恵として認識できるだろう。
 さて、どうしよう。正解はわからないが、叱りつけるしかないように思える。昭和のアニメのワンシーンのように窓をガラリと開けて、「コラーッ!」と怒鳴ればいいのだろうか。そうしなくても、今の時代なら、猫が近づかないように、猫の嫌いな動物の鳴き声や物音、自動車の音などが、アプリやネット上でダウンロードできるかもしれない。
 しかし、何もしていないときに叱っても効果が薄い。ウンチをしているときでないと、猫に学ばせることができないだろう。いや、しかし……。
 考えを巡らせていると、灰色の猫が芝生の上でごろりと寝ころんだ。宙に小さな虫でもいるのか、あおむけになって、空に向かって両前足を伸ばし、身体をくねくねと動かしている。まるで、寝転んで盆踊りの練習をしているように見えた。
「か……、可愛い」
 一瞬にして、気持ちがなえた。いや、いかん。可愛い動きをしても、この子猫は容疑猫だ。芝生にプリプリとフンをするなら叱りつけなければならない。
 灰色の猫は芝生でごろごろと転がっている。芝生でごろごろーーーっと転がっている。またまた転がっ……、と思った瞬間、両手両足を伸ばしたままピタリと動かなくなった。虫に刺されて痺れているのか? 突発的なけいれんか? と心配していると、転がりながらあくびをしていただけだった。芸能界のアイドルもびっくりの魅了っぷりだ。
 眠そうな顔をしたかと思えば、獲物を狙うようなキリリと引き締まった表情をする。飛んでいる虫を発見して嬉しそうな顔をし、バイクのエンジン音に、はっとした表情を向ける。
 可愛すぎる。あの芝生で一緒に戯れたい。芝生で一緒に寝転がりたい。芝生で草をちぎって、猫じゃらしで遊ばせたい。なんてキュートなんだ。
 しかし、わたしも一緒にあの芝生で寝転がっていたら、外構など周囲の造作物で子猫が見えないので、端から見たら、芝生でおっさんが転がっているようにしか見えないだろう。うーむ。あそこでは戯れられない。
 灰色くんをじっと見つめた。猫を飼うと毎日こんな気持ちになるのだろうか。子供のころは爬虫類や昆虫しか飼ったことがなかった。虫かごの中で、カブト虫がブーンと飛んで天井にぶつかり、トカゲが透明の壁面をカサカサ這っていた。カマキリが共食いをし、バッタがかごから逃げていった。今となっては、まったく心がときめかない。
 ふと、道路の方から、黒い子猫が芝生に向かって走ってきた。
「あっ」
 続けざまにもう一匹、白色の子猫が駆けてきて、灰色くんにタックルをするようになだれこんだ。三匹の子猫が絡み合うようにじゃれ合っている。
 黒猫が寝そべっている灰色くんの上をジャンプで飛び越えようとすると、白猫がその邪魔をして、三匹が重なるようにして芝生で寝ころんだ。三匹の猫が輪になって、前足で相手の身体を触っている。仲良くトランプ遊びをしているようで微笑ましい。一匹でも可愛いのに三匹もいるなんて、お前たちはなんて可愛いんだ。
「うん? お前たち?」
 ふと、芝生にたくさんのフンが転がっている映像が思い出された。三匹の猫がフンをすれば、一回でも三個のフンになる。そうか、お前たち全員が犯猫だったのか!
 猫たちを見ると、芝生の端に植わっているハナミズキの下に集まっていた。灰色くんが木を登ろうとしている。
 ハナミズキは二メートルほどの高さで、幹が真っ直ぐ立ち、枝ぶりが、ちょうど、『拝』の旁のような樹形で四段になっている。
 灰色くんが登るのを黒と白はじっと見上げている。
 灰色くんが一段目を抜け、二段目の枝から下をのぞきこんでいる。
 人間にしたら三階建てくらいの高さだろうか。大人の猫なら、ブロック塀からでもひらりと飛び降りるだろうが、子猫なので落ちないか心配だ。
 猫は、ふたたび登りはじめた。ハナミズキの樹皮はうろこのようになっているので、そこに爪をかけているのだろう。垂直の幹を、するりするりと登っていく。
 灰色くんは、三段目まで登ってまた下を見た。
 二匹の猫は、よくやった! と応援するかのようにじゃれ合っている。
 いっぴきの子猫が木登りする様子を、他の猫が見守るなんて、こんな光景はじめて見た。エッ、エモい!
 灰色の猫はてっぺんを目指してまた登り始めた。二メートルの頂に向かっている。
 下にいる二匹はじゃれ合うのを止めて、きちんと座り、心配そうに上を向いている。大人の猫なら高いところから落ちても、ダメージを受けないで反転できるが、この子猫ができるかどうかはわからない。もし落ちても芝生の上だから大事には至らないだろう。
 ふと、ハナミズキの下に視線を向けると、木の根元に空っぽの植木鉢が散乱していた。ひとつはプラスチックだが、あとの数個は石製だ。あんな場所に落ちたら怪我をしてしまうかもしれない。あんな場所に植木鉢を置いたのは誰だ。わたしだ。
 まさか、こんな状況になるとは思いもよらなかった。ただの植木鉢だ。植物のそばに置くしかないだろう。ああ、もしも願い事が叶うなら、植木鉢が歩き出してハナミズキの下から移動してほしい。
 そんな虚しい願い事をよそに、灰色くんはゆっくりと登っていく。そして、ついに枝分かれしている終着点に到達した。
 灰色くんが枝の間から下を見ると、白猫と黒猫は歓喜を表すかのように、飛び跳ねている。わたしも裸足のまま飛び出して、芝生を駆け回りたい気分だった。しかし、その気持ちをぐっとこらえ、心の中であの子たちと戯れて歓喜を分かち合った。
 数日後、夕方になって家に帰ると、自宅の駐輪場に続く道に何かが置かれていた。ご飯茶碗である。えっ……。ね、願い事が叶ったの? 植木鉢ではなく茶碗が歩いてきたの? と思うはずもなかった。茶碗には白米が入っている。あたりを見回すと、離れた建物の陰に男子小学生が隠れていた。
 目が合ったので、
「これは君が置いたの?」
 と茶碗を指差して問いかける。小学生が走ってきて、
「猫にあげてるの」
 と言った。そうか。家の庭に猫がいたのは猫の散歩道だったわけじゃなくて、近所の小学生が餌をあげていたからだったんだ。ちょっとした物をあげていたのが進んで、茶碗で白米をあげるようになったのかもしれない。
「家で猫を飼えないから、他であげてね」
 と言って茶碗を返した。はーい、と答えて小学生は走り去った。猫はもう寄りつかないだろう。そう思うと、なんだか寂しかった。でも、まあ、いいか。フン害もなくなるのだから。いつか、どこかで成長した猫がハナミズキよりも高いところに登っているのを見つけよう。


著者プロフィール

近況:
電車に乗っていたら、向かいに座っていたおっさんが一万円札を取り出した。二つ折り、四つ折りにたたんでいる。ヘソクリかな、と思ったら、千円札に変わった。マジックの練習だったらしい。ああ、マジック番組が見たい。

園山創介(そのやま・そうすけ)
1975年、埼玉県生まれ。拓殖大学を卒業後、金融機関に勤務。初の小説『サザエ計画』で第13回ボイルドエッグズ新人賞を受賞し、作家デビュー。


Back Number 2017

9月のお題:エモい
母がなくなって、一年経って……尾﨑英子
夕暮れのマジック……………………黒瀬陽
ほんものの競馬おじさん………小嶋陽太郎
はじめての木登り…………………園山創介

8月のお題:宴のあと
祭りのあとのあと……………………黒瀬陽
ATMコーナーのおばあさん………園山創介
膝の痛え家………………………小嶋陽太郎

7月のお題:96
時に、西暦一九九六年………………黒瀬陽
身体は出口を感じてる?…………尾﨑英子
プレハブ小屋の店長………………園山創介
職業体験記………………………小嶋陽太郎

6月のお題:夏への扉
イマジナリーフレンドと『くらげホテル』
       ……………………尾﨑英子

はじめましたって言われるアレ
       …………………小嶋陽太郎

膨張狂想曲……………………………黒瀬陽
割り箸の上の鳥……………………園山創介

5月のお題:トラベル・ミステリー
愛と幻想のタイムトラベル…………黒瀬陽
うつろな温泉………………………園山創介
あずさにて………………………小嶋陽太郎

4月のお題:櫻の樹の下に
黒瀬陽の東方見聞録…………………黒瀬陽
愛でたい春…………………………尾﨑英子
らんまん娘と薬味…………………園山創介
秘密の活動………………………小嶋陽太郎

3月のお題:卒業
同級生だもの………………………尾﨑英子
my graduation………………………黒瀬陽
Taiko Super Kicks のちヨシキ
       ……………………小嶋陽太郎
 
はじまり旅行………………………園山創介

2月のお題:聖バレンタインの惨劇
さよなら平成…………………………黒瀬陽
猟奇的な彼女……………………小嶋陽太郎

1月のお題:無題
お犬様と年男…………………………黒瀬陽
2018年宣言…………………小嶋陽太郎

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