今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:リセット 小嶋陽太郎 2018年11月5日

来月のお題:今年心に残った一冊
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お題:リセット/小嶋陽太郎 2018年11月5日
激流のザキヤマ


  少し前にキャンプをした。友人のザキヤマが唐突にアウトドアにハマったらしく、それに巻き込まれたわけだ。
 そういえばザキヤマは以前ヒップフラスコを買ったと言っていた。ヒップフラスコとは映画とかでアル中が持っている、ウイスキーなどをポケットに入れて携帯するためのステンレス製の容器のことである。スキットルともいうらしい。
「へえ海賊みたいでかっけー」
「いかすっしょ」
 のような会話をしながらバカだなこいつと僕は思っていたのだが、いま思えばあれはザキヤマの内部でアウトドアへの渇望が芽生え始めていたということなのだろう。その後、飲みに行くたびに「野生に立ち返って自分のチカラで自然の中で生き抜く感じ、サバイブする感じって男のロマンに満ちててかっこいいよな。キャンプってロマンあるよな。キャンパーになりてえサバイブしてえ」と繰り返すようになり、うるせえ。
 とうるさがっていたある日、ついにキャンプしようぜと誘われた。
 キャンプ道具はザキヤマのほうで一式そろえているというので、夏、某日、僕は寝袋とコップと着るものと歯ブラシを持ってザキヤマのボロ車、軽くアクセルを踏むだけでエンジン爆発寸前みたいな音がする、に乗り込み、エンジン爆発寸前の音を近所にまき散らしながら走り出した。
 キャンプの長い夜を過ごすためには食料と酒が必要である。僕たちはキャンプ場へ向かう前にスーパーで買い出しを行った。
「何食う? ソーセージとか適当な魚とかを豪快に焼き食らって酒を飲むのがオツっしょ」
 という提案を僕がすると、「エビのアヒージョ」とザキヤマは答えた。
「いま冗談いらねーから」
「何が? アヒージョってうまいじゃん。小鍋あるから材料あれば作れるよ」
 山の上で何が食いたいかという話をしていてエビのアヒージョという単語が出てくる男にはアウトドアの適正と才能が一ミリもねーし絶対サバイブできねーよ。とアウトドアに何の思い入れもない僕が説教をし、エビのアヒージョを免れる。
 続いて肉コーナーへ行くと、ザキヤマは迷わずその中で最も高い肉、つまり黒毛和牛の霜降り肉を手に取った。
「これ絶対うまいからこれにしよう。ふだん食ってめちゃくちゃうまいものを山の中で火を起こして食ったらもっとうまい」
 さっきからおかしいではないか。かねてからの君のキャンプへの憧れを聞くぶんには、君が憧れているのは男くさい無骨な藤岡弘的世界、山中で出会った鹿をぶち殺して解体して食うようなサバイブ感あふれる世界(藤岡弘がそんなことしてるかどうかは知らん)ではなかったのか? 五日くらい風呂に入ってない感じで尻ポケットから無造作にヒップフラスコを取り出して半分くらいこぼしながら飲んでウィハハハって言う世界じゃなかったのか? てめえモコズキッチンかよ。ああいうアーバンな洗練をアウトドアで実現したスタイル、ローストビーフとかパエリアとか作るような最近流行りの感じをやりたいわけじゃないよね。あれと対極の世界に男のロマンを感じたからキャンプしようっつってんだよね。アヒージョと黒毛和牛はマジでセンスないよザキヤマ君。男のロマンから一億光年かけ離れてるよ。高級でもなく凝っても洒落てもいないごく普通のものを山中で火を起こして無骨に焼いて食って信じられないほどうまい。これが俺たちのアウトドア的正解、俺たちのロードだよね。
 と我ながら的確な罵倒/批判/説得/価値観の押しつけをするとザキヤマは折れた。「藤岡弘は絶対山中でアヒージョ作らないし高級肉を持ちこまないよな? な?」としつこく藤岡弘の名前を出したことが大きかったようである。あと繰り返すけど僕自身にはアウトドアに対する思い入れも藤岡弘に対する思い入れも一ミリもない。
 ソーセージや安い豚バラやシシャモやアジの開きやビールやウイスキーを買って美ヶ原という山の中にあるキャンプ場に乗り込んだ僕たちはテントとタープをつくり、日が暮れたころに炭で火を起こした。
 暗闇の中、買ってきたものを焼いて食い、酒を飲む。超うめえと顔をほころばせるザキヤマが腹立たしい。蹴り飛ばしたくなるくらいである。そもそもザキヤマは何を食っても「超うめえ」しか言わない。ザキヤマには「うまい」以外の味覚がない。ので凝ったもの洒落たもの高級なものを食わせるだけ無駄であるアヒージョとか黒毛和牛とか。
 持参したヒップフラスコからウイスキーをコップに注ぎながら、「キャンプって最高だわー」とザキヤマは言った。それから「ヒップフラスコもいいけどひょうたんもいいんだよな」と言った。
「ひょうたん?」
「日本人だからひょうたんに日本酒とか入れて持ち歩いたらかっけーじゃん」
 ご存知のとおりザキヤマはバカだ。
 遅くまで酒を飲み、やがて僕たちは寝袋にもぞもぞ入った。
 明け方夢を見た。どうしてそうなったのかわからないが、ザキヤマが細い水路(のような川のような)に仰向けになって両手両足を突っ張って激流に耐えていて、すぐにでもその激流を川上に向かって進んでいかなければならないというよくわからない状況設定の夢だった。
「大丈夫だ。俺が先に行く。コジマは俺のやり方見てろ。同じようにすれば二人とも助かる」
 激流の中で言うザキヤマの腰にはオレンジ色の巨大なポンデリングのようなぼこぼこした浮き輪じみた何かが巻き付いている。
「それなに?」
「これは特殊な器具なんだ。これを使ってこの流れを上流へ向かって行く。見てろ」
 よくわからないがポンデリングがこの状況を打開する鍵のようである。そしてザキヤマは、「よし、行くぞ!」と言った。「おまえも続いて来いよ!」
 ザキヤマが水路の側面から手を離した瞬間、「うわあああー」というお手本のようなパニックの声がしてザキヤマの体がぐるんと反転し、その姿が見えなくなった。下流に目を向けるとポンデリングが激流の中で浮いたり沈んだりするのが見えた。派手なオレンジ色だからやたらと目立つのだ。僕は爆笑して起きた。と同時にザキヤマも起きた。僕が夢の中だけでなく現実でも爆笑していたからだ。つまり僕は自分の笑い声で自分とザキヤマの二人を起こしたということである。僕は本気で笑うとき、「ひゃひゃひゃひゃ、あきゃきゃきゃ」みたいな気色悪い高笑いをする。狭いテントに二人、それも寝起きという状況で友人にその姿を見せられてザキヤマはわりと本気でびびったらしい。こいつ慣れないキャンプで頭おかしくなっちゃったよ悪魔的な何かにとりつかれちゃったよ、と。
 しばらくして笑いやんだ僕は夢をザキヤマに説明した。
「マジでお手本みたいに『うわあああー』って言ってたぜ。俺が先に行く! とか言って頼もしい感じ出してフリも完璧だったし。ポンデリング巻いてるし。完全にコントだったわ。おまえやっぱぶっとんでるね」
「いやそれ俺じゃねえし……」ザキヤマは困惑していた。
 ちなみにあとから気がついたのだが、夢の中でザキヤマが腰に巻いていたポンデリング状の浮き輪のような器具は、おそらく寝る前にザキヤマがひょうたんを携帯したいと言っていたことから連想されたものだと思われる。ひょうたんをいくつか連結するとポンデリングになる。
 しかし夢の中にいるときは夢だと気がついていないから、僕は目の前でザキヤマが激流に飲まれたという絶体絶命の状況で助けようとするのでも絶望するのでもなく、笑い死にしそうになっていたということになる。これは間違いなく不謹慎である。でもあの状況で深刻な感じで「ザキヤマー!」とか言える人は絶対にいない。
 ともかくここ数年でダントツ一番笑わせてもらったので、前日のアヒージョ的苛立ちはリセット、チャラにすることにしたのだった。
「あの『うわあああー』って声、一生忘れられねえわ。おまえほんとスゲーよ。天才あらわるだよ」
「いや俺寝てただけだし……」
 帰りの車中、やはり困惑するザキヤマの、僕を見る目に怯えが混じっているように見えたのは気のせいか。


著者プロフィール

近況:
はなかっぱのキャラクターの中では「がりぞー」がいちばん好きです。

小嶋陽太郎(こじま・ようたろう)
1991年長野県松本市生まれ。2014年『気障でけっこうです』(KADOKAWA)で第16回ボイルドエッグズ新人賞を受賞しデビュー。その後、在籍していた信州大学人文学部を中退。第二作は15年『火星の話』(KADOKAWA)、第三作は『おとめの流儀。』(ポプラ社)、第四作は16年『こちら文学少女になります』(文藝春秋)、第五作は17年『ぼくのとなりにきみ』、第六作は『ぼくらはその日まで』(以上ポプラ社)、第七作は『悲しい話は終わりにしよう』(KADOKAWA)。文庫化作品に『気障でけっこうです』『今夜、きみは火星にもどる』(『火星の話』改題/いずれも角川文庫)、『おとめの流儀。』(ポプラ文庫)がある。「小説すばる」「小説新潮」にそれぞれ連作短篇を発表。2018年4月、「小説すばる」の連作短篇をまとめた単行本『放課後ひとり同盟』を集英社から刊行。9月、「小説新潮」の連作短篇をまとめた単行本『友情だねって感動してよ』を新潮社より刊行。11月、アンソロジー『そしてぼくらは仲間になった』(小嶋陽太郎の参加作品「夏のはぐれもの」)をポプラ社より刊行。


Back Number 2017

11月のお題:平成の終わりに
激流のザキヤマ…………………小嶋陽太郎

10月のお題:平成の終わりに
生きた化石…………………………尾﨑英子
貴様いつまで子どもでいるつもりだ
       …………………小嶋陽太郎

二年号参り…………………………園山創介

9月のお題:エモい
母がなくなって、一年経って……尾﨑英子
夕暮れのマジック……………………黒瀬陽
ほんものの競馬おじさん………小嶋陽太郎
はじめての木登り…………………園山創介

8月のお題:宴のあと
祭りのあとのあと……………………黒瀬陽
ATMコーナーのおばあさん………園山創介
膝の痛え家………………………小嶋陽太郎

7月のお題:96
時に、西暦一九九六年………………黒瀬陽
身体は出口を感じてる?…………尾﨑英子
プレハブ小屋の店長………………園山創介
職業体験記………………………小嶋陽太郎

6月のお題:夏への扉
イマジナリーフレンドと『くらげホテル』
       ……………………尾﨑英子

はじめましたって言われるアレ
       …………………小嶋陽太郎

膨張狂想曲……………………………黒瀬陽
割り箸の上の鳥……………………園山創介

5月のお題:トラベル・ミステリー
愛と幻想のタイムトラベル…………黒瀬陽
うつろな温泉………………………園山創介
あずさにて………………………小嶋陽太郎

4月のお題:櫻の樹の下に
黒瀬陽の東方見聞録…………………黒瀬陽
愛でたい春…………………………尾﨑英子
らんまん娘と薬味…………………園山創介
秘密の活動………………………小嶋陽太郎

3月のお題:卒業
同級生だもの………………………尾﨑英子
my graduation………………………黒瀬陽
Taiko Super Kicks のちヨシキ
       ……………………小嶋陽太郎
 
はじまり旅行………………………園山創介

2月のお題:聖バレンタインの惨劇
さよなら平成…………………………黒瀬陽
猟奇的な彼女……………………小嶋陽太郎

1月のお題:無題
お犬様と年男…………………………黒瀬陽
2018年宣言…………………小嶋陽太郎

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