今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:今年心に残った一冊 小嶋陽太郎 2018年12月10日

来月のお題:新年の挨拶
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お題:今年心に残った一冊/小嶋陽太郎 2018年12月10日
夜とコンクリート


 この漫画に僕は二度出会っている。
 一度目の出会いは地元松本のブックオフだった。たぶん三年くらい前のことである。昼夜を問わずブックオフを徘徊するのが趣味の僕はそのときも古本を求めてブックオフにいた。昼だったか夜だったかは忘れた。
 店内をふらふらと物色しながら歩いていてなんとなく紺色の背表紙とタイトルが目にとまり、ぱらぱらとページをめくってレジに持っていった。四百円くらい。僕にしてみると古本屋で四百円の漫画を購入するのはかなり勇気のいることだ。なぜなら僕はたいてい百円均一のコーナーしか物色しないし、四百円つーことは百円の漫画四冊買える値段だというみみっちい計算をしてしまうタチの男だから。そんな百円男が迷わず四百円の商品をレジに持っていった、これは暴挙である。そしてそのような暴挙をはたらいておきながら家に帰ったあと僕はそれをすぐには読まず、机の端っこのほうに置いていわゆる積読状態にしていた。なぜそんなことをするんですか。買ったんならすぐに読めばいいじゃん。
 牛肉はうまみを引き出すために場合によって一定の熟成期間を必要とする。革製品はエイジングによって独特の渋さ、味わいを得る。本も同様、エイジングによってある種類の味わいを引き出すことができる。しかしそれは本単体で達成されるものではない。持ち主がいて初めて達成されるものである。僕は『夜とコンクリート』と寝食をともにすることで彼との関係性、親密度のエイジングをはかった。読むものと読まれるものとの肌感覚のすり合わせとでもいえばいいのか。ともかくしばらくの期間、空間を共有することで互いに互いの存在をなじませる。なじませつつじんわりともどかしい高揚感も演出する。一発目からより深い感動を味わうために。それが本と俺とのエイジング。っつーのはいま考えたことで、アレこれ雑然とした部屋の風景の一部と化してたけどそういえばまだ読んでねえや、と数か月たってから気づき、積もったほこりを払って読んだ。
 読んだ感想は、すごく好き、ということにとどめたい。僕なんかがこの素晴らしい作品に関していろいろ言ってもしょうがない。と前置きしつつ多少何か言うとすれば、生活とか過去とか記憶とか未来とか人生に関することがSFを交えながら静かでクールで同時にあたたかい絶妙な温度感で描かれた短編集で胸がぎゅーっとなっちまったよ俺は。という感想を僕は抱いた。線の少ない絵も内容にマッチしていて最高に大好きである。
 ところで冒頭、僕は『夜とコンクリート』に二度出会っていると書いた。二度目の出会いは今年の夏、吉祥寺のブックオフにて、だった。
 いま僕は実家に住んでいないのだが、大好きなこの漫画をあろうことか実家に置きっぱなしにしている。そして夏某日、まさに夜のコンクリート群の隙間を徘徊しているときに入った吉祥寺北口のブックオフで思いがけなく彼に再開した。あ、いま読みたい。あのときと同じように手に取ってぱらぱらとページをめくり、そしてレジに持っていった。やはり四百円だった。運命的な再会。いくら実家にあるとはいえ立ち読みなどという無粋な選択肢はこのときばかりはない。Jポップとか流れていない場所で、つまり自分の部屋でひとりで静かに読むべき漫画なのだ。
 人にあげる以外の目的で同じ本を二冊買ったことはないのでこれは自分にとってとても印象深い大好きな一冊である。
 余談だが町田洋さんは最近月刊モーニング・ツーで連載を始められたので、単行本が発売されたらすぐに本屋(もちろんブックオフじゃないやつ)に走ろうと僕は思っています。


著者プロフィール

近況:
今年話題のsuperorganism。やってる音楽のハッピー感・脱力感・ポップ感に反して野口オロノの目がたまに殺し屋みたいでかっこいい。

小嶋陽太郎(こじま・ようたろう)
1991年長野県松本市生まれ。2014年『気障でけっこうです』(KADOKAWA)で第16回ボイルドエッグズ新人賞を受賞しデビュー。その後、在籍していた信州大学人文学部を中退。第二作は15年『火星の話』(KADOKAWA)、第三作は『おとめの流儀。』(ポプラ社)、第四作は16年『こちら文学少女になります』(文藝春秋)、第五作は17年『ぼくのとなりにきみ』、第六作は『ぼくらはその日まで』(以上ポプラ社)、第七作は『悲しい話は終わりにしよう』(KADOKAWA)。文庫化作品に『気障でけっこうです』『今夜、きみは火星にもどる』(『火星の話』改題/いずれも角川文庫)、『おとめの流儀。』(ポプラ文庫)がある。「小説すばる」「小説新潮」にそれぞれ連作短篇を発表。2018年4月、「小説すばる」の連作短篇をまとめた単行本『放課後ひとり同盟』を集英社から刊行。9月、「小説新潮」の連作短篇をまとめた単行本『友情だねって感動してよ』を新潮社より刊行。11月、アンソロジー『そしてぼくらは仲間になった』(小嶋陽太郎の参加作品「夏のはぐれもの」)をポプラ社より刊行。


Back Number 2017

12月のお題:今年心に残った一冊
宮城を旅して………………………尾﨑英子
夜とコンクリート………………小嶋陽太郎
塾……………………………………園山創介
「コロ助」の肖像……………………黒瀬陽

11月のお題:リセット
激流のザキヤマ…………………小嶋陽太郎
友達のお店…………………………尾﨑英子

10月のお題:平成の終わりに
生きた化石…………………………尾﨑英子
貴様いつまで子どもでいるつもりだ
       …………………小嶋陽太郎

二年号参り…………………………園山創介

9月のお題:エモい
母がなくなって、一年経って……尾﨑英子
夕暮れのマジック……………………黒瀬陽
ほんものの競馬おじさん………小嶋陽太郎
はじめての木登り…………………園山創介

8月のお題:宴のあと
祭りのあとのあと……………………黒瀬陽
ATMコーナーのおばあさん………園山創介
膝の痛え家………………………小嶋陽太郎

7月のお題:96
時に、西暦一九九六年………………黒瀬陽
身体は出口を感じてる?…………尾﨑英子
プレハブ小屋の店長………………園山創介
職業体験記………………………小嶋陽太郎

6月のお題:夏への扉
イマジナリーフレンドと『くらげホテル』
       ……………………尾﨑英子

はじめましたって言われるアレ
       …………………小嶋陽太郎

膨張狂想曲……………………………黒瀬陽
割り箸の上の鳥……………………園山創介

5月のお題:トラベル・ミステリー
愛と幻想のタイムトラベル…………黒瀬陽
うつろな温泉………………………園山創介
あずさにて………………………小嶋陽太郎

4月のお題:櫻の樹の下に
黒瀬陽の東方見聞録…………………黒瀬陽
愛でたい春…………………………尾﨑英子
らんまん娘と薬味…………………園山創介
秘密の活動………………………小嶋陽太郎

3月のお題:卒業
同級生だもの………………………尾﨑英子
my graduation………………………黒瀬陽
Taiko Super Kicks のちヨシキ
       ……………………小嶋陽太郎
 
はじまり旅行………………………園山創介

2月のお題:聖バレンタインの惨劇
さよなら平成…………………………黒瀬陽
猟奇的な彼女……………………小嶋陽太郎

1月のお題:無題
お犬様と年男…………………………黒瀬陽
2018年宣言…………………小嶋陽太郎

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