今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:今年心に残った一冊 尾﨑英子 2018年12月3日

来月のお題:新年の挨拶
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お題:今年心に残った一冊/尾﨑英子 2018年12月3日
宮城を旅して


 出版されたのは今年ではなく二〇一七年だけど、今年読んだ本で印象に残ったものはと聞かれたら、『魂でもいいから、そばにいてー3・11後の霊体験を聞く』が浮かんだ。東日本大震災で大切な人を失った方々が経験された、不思議な霊体験を収集し、取材したものです。
 この本を手にした時に、まず宮城出身の知人から聞いた話が蘇った。その知人の家族と自宅は無事だったものの、数人の友人は津波によってお亡くなりになり、故人を偲ぼうと同級生たちと集まって飲んだ時の話だ。
「じつは、○○くんが○丁目あたりの道にいるのを見かけた」
「あっ、俺も、○○を見かけたんだよ」
 もうこの世にはいないはずの友人を見た。そう断言する同級生が何人もいたという。証言の裏付けを取ることはできないけれど、そういうことってあるんだな、とわたしの記憶の片隅に残っていた。
 そういうわけで、本書にも心惹かれたのでした。
 しかも著者の奥野修司さんは大宅壮一ノンフィクション賞も受賞しているほどの、言ってみれば正統派なノンフィクション作家だ。そんな著者が科学的に立証しにくいオカルトと呼ばれるジャンルを、ノンフィクションとして取材したというから興味深かった。
 読んでみたら、思ってもいなかったほど心揺さぶられた。唯一無二の個人的な不思議な話ばかりで、愛する人を失った壮絶なストレスによる脳現象と言って流せないものも多くあり、読みながら混乱してしまうくらいだった。
 わたし自身、霊感というものがほとんどなく、だけど彼岸と此岸という感覚を何となく信じている。そういう価値観だからこそ、怪談や都市伝説みたいなものではなく、実際に体験された方の真摯な語りを読めば読むほど、記憶とか魂とか想念とか、そういうもののシステムがわからなくなった。
 土日を使った一泊二日の弾丸で被災地を訪問することはできないだろうかとぼんやり考えて、ふとした思いつきで仙台でアナウンサーをしている友人Mにラインで相談してみた。
「おいでよ! わたしが車を出してナビするから」
 速攻で返事が来て、えっ、いいの? と思いつつも、このタイミングの良さは絶対に乗っかっておくべきだという気がした。
 
 八月、夏休みが明ける直前の土日、わたしは子供二人を連れて東北新幹線に乗った。考えてみたら、人生初の東北新幹線だ。四歳の次男よりもわたしのテンションのほうが上がっていたかもしれない。
 仙台駅で合流したMと久しぶりの再会を喜び合うも、すぐに出発しようと車に乗り換える。
 Mが考えてくれたコースはまず南三陸町まで行ってそこで昼食にキラキラ雲丹丼(キラキラ丼とは、震災前に南三陸町や気仙沼あたりではじめた町おこしの一つで、お手頃価格でいただける贅沢な海鮮丼のシリーズ)を食べてから、沿岸部を散策し、次に女川、石巻を通って、宿をとった秋保温泉に向かうというものだった。
 東北地方の一県は広い。同じ宮城県と言っても、仙台から南三陸町に行くには高速を使っても二時間近くかかる。一泊二日の弾丸旅行だから、のんびりしている暇もなかった。
「七年も経ってるからだいぶきれいになっているし、なかなか被害の酷さというのはわかりにくいかもしれないんだけど」
 Mがそう言っていたとおり、南三陸町、女川、石巻はとても復興していると感じた。
 道もしっかりと整備され、新しく作られた店なども活気があった。震災前のようにとは言えないのだろうけれど、そこにいる人たちがいきいきとしていた。
 一方で、そんな自分が持った印象も一面的なものでしかない、ともう一人の自分が牽制した。実際にその場に立っても、七年前の状況の酷さを実感できなかったからだ。
「あの山の中腹あたりまで津波が来たんだよ」
 そう言われても、その光景を想像できないのだ。
 もちろん何度もテレビで見てきたから、頭では知っているはずなのに、今自分が目にしている町の景色と、テレビで繰り返し見てきた映像が重なり合わなかった。たやすくわかってはいけないのだと、脳のどこかのブレーキがかかってしまっているような、そんな感じだったのかもしれない。
 何にせよ、復興しようというエネルギーに満ちていたのはたしかだった。南三陸町では町全体を八メートルほど土を盛ってかさ上げするという神業的な工事の真っ只中で、自然の力もすごいけれど、それに立ち向かっている人間の力だって相当なものだと感じられた。気の流れもよかった。
 正直、たくさんの幽霊譚があるくらいだから、もっと重いものを感じるかと思っていたので意外だった。
 たとえば奥野さんの著書の中で、
『石巻では、車を運転中に人にぶつかった気がするという通報が多すぎて、通行止めになった道路もある。』というゾクッとするエピソードなども書かれていたけれど、実際に石巻の市内を走っていても、そんな気配は漂っていなくて、石ノ森章太郎先生のかわいらしいキャラクターたちが街角のいたるところにいて、眺めているだけで楽しくなるくらいだった。新しい日常が流れていた。少なくともわたしには、そう感じられた。
 だけど、その翌日にはまったく違う側面を目の当たりにすることになる。
 
 次の日の朝、この日もMは有休をとって、秋保温泉で一泊したわたしたちを車で迎えに来てくれた。そして向かったのは仙台市内でもっとも被害が大きかった荒浜地区。
 仙台出身の友達が日頃から「仙台は東北のマンハッタン!」と豪語しているが、たしかに市街地はとても都会的で多くの人で賑わっている。そこから車で二十分ほどで行ける荒浜地区だが、仙台平野の壮大な田園風景の中を抜けていくと、いつの間にか景色が変わってしまう。海岸に近づくにつれて、視界が広くなる。建物らしきものがどんどんなくなるからだ。
 雑草が伸び放題の一帯にポツンと建っているのは、荒浜小学校だった。ここの屋上に逃げた人たちは助かったという。今は震災の教訓を伝えるための資料館として遺構になっていた。
「荒浜って人気の海水浴場だったから、わたしも一度泳ぎに来たことがあるんだよね。ほら、ポツポツと松の木が残ってるでしょう。津波が来る前は、海岸線に沿って延々と松林が続いていたんだよ。その奥にはたくさん民家が建っていてさ、今じゃイメージできないだろうけど、このあたり一帯が住宅街だったの」
 Mはそう教えてくれたが、たしかに住宅の基礎がそのままになった荒地を前に、かつての光景を思い浮かべるのは難しかった。
 前日に訪れた場所とは、まったく違う空気感だった。
 時が止まったまま、という表現はこれまでいろんな小説などで目にしてきたけれど、そうか、こういうことを言うのか。
 南三陸町や女川や石巻では、そこに暮らす人たちが新しい記憶を作っている。言ってみれば、どんどん記憶が上書き保存されている感じがした。
 だけど、荒浜に住んでいた人の多くがその土地を離れた。あの日の記憶が上書きされないままになっていた。
 何もかもが波にさらわれてなくなってしまったにもかかわらず、空っぽという感じがしない。あの時から上書きされていない記憶みたいなものが残っている。
 悲しみやつらさといっただけでもない。いってきますと出かけて、ただいまと帰ってくる、そういうたわいのない日々の、そこにあったたくさんの営みの残像なのかもしれない。はっきりとわからないけれど、たしかに何かが「ある」と感じられる……とても不思議な感覚を受けたのだった。
 
 旅から戻って、もう一度奥野さんの本を読み返した。
 阪神大震災の時にはさほど霊体験が語られなかったのに、東日本大震災ではなぜ多いのかという問いにたいして、東北には土着の信仰心がしっかり根付いていて、霊魂を信じる感覚をそこに住む多くの人が持っているからではないか、と推測している箇所がある。
 東日本大震災の直後に膨大な瓦礫の中からご位牌を探し回る被災者がたくさんいたことからも、そのように想像できたという。
 ラジオみたいなものなのだろうか……と思った。
 発信する側と受信する側、お互いのチューニングが合った時に霊体験のようなものが起きるとして、東北には受信する側の人や土壌に、チューニング機能が整っているのかもしれない。そして、わたしが感じた記憶のような残像のようなものは、ラジオの周波数に近いのではないだろうか。
 では、わたしが荒浜で感じたのは、どちら側が発したものだったのだろう。考えたところで、もちろん正解はわからない。
 たぶん、どちらでもいいのだと思う。どちらでも同じ、と言ってもいい。なぜなら生きていようと亡くなっていようと、誰かの記憶や日々の営みの残像というのは目には見えないのだから、どちらでも同じではないか。
 ざっくりとした結論だけど、自分なりに腑に落ちている。
 そして、そんなふうに考えることで自分の感受性のキャパシティが広がった気がするのでした。


著者プロフィール

近況:
いつも利用していたガソリンスタンドがなくなってしまった。一番使う道にあったし右折でも左折でも入りやすかったから地味にショックです。

尾﨑英子(おざき・えいこ)
1978年生まれ。大阪府出身。早稲田大学教育学部国語国文科卒。フリーライター。東京都在住。『小さいおじさん』で第15回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。同作は6社による競争入札の結果、文藝春秋が落札、2013年10月同社より刊行され、大評判となった。「小説すばる」7月号に短篇「シトラスの森」掲載。「森へゆく径」にエッセイ「いつも心にファン気分を」を寄稿。2017年1月、『小さいおじさん』を改題し、『私たちの願いは、いつも。』として、角川文庫より刊行。「幽」vol.27(KADOKAWA)にエッセイ「ガラシャ夫人の肖像」を寄稿。5月 、長編第2作『くらげホテル』を KADOKAWAより刊行。11月、長編第3作『有村家のその日まで』を光文社より刊行。


Back Number 2017

12月のお題:今年心に残った一冊
宮城を旅して………………………尾﨑英子
夜とコンクリート………………小嶋陽太郎
塾……………………………………園山創介
「コロ助」の肖像……………………黒瀬陽

11月のお題:リセット
激流のザキヤマ…………………小嶋陽太郎
友達のお店…………………………尾﨑英子

10月のお題:平成の終わりに
生きた化石…………………………尾﨑英子
貴様いつまで子どもでいるつもりだ
       …………………小嶋陽太郎

二年号参り…………………………園山創介

9月のお題:エモい
母がなくなって、一年経って……尾﨑英子
夕暮れのマジック……………………黒瀬陽
ほんものの競馬おじさん………小嶋陽太郎
はじめての木登り…………………園山創介

8月のお題:宴のあと
祭りのあとのあと……………………黒瀬陽
ATMコーナーのおばあさん………園山創介
膝の痛え家………………………小嶋陽太郎

7月のお題:96
時に、西暦一九九六年………………黒瀬陽
身体は出口を感じてる?…………尾﨑英子
プレハブ小屋の店長………………園山創介
職業体験記………………………小嶋陽太郎

6月のお題:夏への扉
イマジナリーフレンドと『くらげホテル』
       ……………………尾﨑英子

はじめましたって言われるアレ
       …………………小嶋陽太郎

膨張狂想曲……………………………黒瀬陽
割り箸の上の鳥……………………園山創介

5月のお題:トラベル・ミステリー
愛と幻想のタイムトラベル…………黒瀬陽
うつろな温泉………………………園山創介
あずさにて………………………小嶋陽太郎

4月のお題:櫻の樹の下に
黒瀬陽の東方見聞録…………………黒瀬陽
愛でたい春…………………………尾﨑英子
らんまん娘と薬味…………………園山創介
秘密の活動………………………小嶋陽太郎

3月のお題:卒業
同級生だもの………………………尾﨑英子
my graduation………………………黒瀬陽
Taiko Super Kicks のちヨシキ
       ……………………小嶋陽太郎
 
はじまり旅行………………………園山創介

2月のお題:聖バレンタインの惨劇
さよなら平成…………………………黒瀬陽
猟奇的な彼女……………………小嶋陽太郎

1月のお題:無題
お犬様と年男…………………………黒瀬陽
2018年宣言…………………小嶋陽太郎

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