今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:月 尾﨑英子
2019年9月2日

来月のお題:デビュー
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お題:月/尾﨑英子 2019年9月2日
夏の終わりに思うこと


 夏休み、長かったな。
 全国のお母さんたち、おつかれさまでした。精も根も尽きているかとお察しします。
 わたしも何度、炎天下のアスファルトでジリジリと震える蝉に自分を重ねたことでしょう。
 学校万歳! 先生、ありがとうございます(涙)
 次男はこども園に行ってくれているので助かるものの、小学生の長男は基本的に家にいたわけで、こっちは原稿を書こうと部屋にこもっていても、下でテレビの音が響き渡り、なけなしの集中力がそがれる日々だった。
「もうちょっと音量を小さくしなさーい」
 と、言いに一階のリビングに行ってみたら、テレビの前にはこれからカルタ大会ですかっていうほど『デュエマ』というトレーディングカードが散りばめられているという惨状で、クリスチャンでもないのに「ジーザス……」とすがりつきたいような気持ちになるわけです。
 その中央でカードを繰っている長男の手さばきったら、ひよこの雄と雌を一瞬で選別する熟練の匠なみのもので「君のその情熱を違うところで使ってくれー」と嘆きたくなるのは言うまでもなく……落ち着かない、片付かない、そんな毎日。
 それに加えて家事も増える。全国の母たちが抱える、いわゆる「お昼ご飯」案件だ。
 自分一人ならお昼ご飯なんて適当に済ませるわけだが、子供が家にいるとそうもいかない。
 もちろんコンビニのお弁当やハンバーガーを買う日もある。にしても、「今日は何食べさせるかな」と考えなければならず、これだけでもまあまあ心の負担。
 毎日買って食べさせるわけにもいかずたいていは作ることになるが、当然ながら五分間クッキングで、サッポロ一番塩(味噌)ラーメン、焼きそば、チャーハン、素麺に納豆や温泉卵を乗せたものなどのルーチンランチ。ネギを刻みながら、
「あーあ、さっき朝ごはん作ったのになんでまた料理してるんだかな」
 と、誰もいない台所で、独り言にしては大きな声の愚痴がこぼれてしまうのだった。
 
 そんなこんなで終わったのですよ、夏休みが。
 そして、ようやく秋。
 ようやくとは言ってみたものの、もう秋なのかという感慨もある。せわしなさに追われる日々の中で、「まだまだ夏休みが終わらないよ」と思いながらも、しかし一日はあっという間だった。
 よく子供の頃に大人たちが、
「この間、年が明けたと思ったのに」
 などと言っているのを聞いて、
「いやいや、この間っていうのは大げさな」
 と思ったものだったが、この年齢になると、そのセリフの過不足のなさを実感できる。本当に感覚的には「この間」で正解だ。
 しみじみと季節の移ろいを楽しむ暇もなく、気がつけば九月に突入していたという感じがしている。
 そもそも今の日本の気候には、移ろいなんていう情緒もないのかもしれないが。
 今年の夏のはじまりも変だった。
 梅雨入りしてからずっと雨続きで七月に入っても日照時間が増えず、やっと長雨がおわったと思ったら、いきなり猛暑が殴り込むようにやって来た。しけた花火がなかなかつかなくて不発かと気を緩めていたら暴発みたいな、アラフォーには堪えました。
 元気な子供にしたって、日本の夏は優しくなくなっている。
 次男のこども園は園庭が広くて、屋上には立派なプールがあり、そういうところがわたしも気に入っているのだが、今年から炎天下でのプール遊びも命の危険があるとのことでなくなってしまった。まだ涼しめの午前中か夕方にシャワーで軽く水遊びするだけ。
 せっかくあんなに広々としたプールがあるのにもったいないなと思うものの、その判断は正しいとも思う。
 わたしの子供時代、およそ三十年前の夏の記憶といえば、子供なら日焼け止めを塗ることもなく外で遊び回れて、近所の市営プールに行けば熱っ! と言いながらも裸足でプールサイドを歩いて、お昼になれば売店でカップラーメンを買って木陰で友達と啜って食べた。暑くても、どこか清々しくて、至福のひと時だった。
 太陽は元気いっぱいに灼きつけてきたけれど、ひとたび木陰に入って見上げた時のこもれびは穏やかだった。あの時代のムードと似て、どこか呑気でおおらかだったような気がする。
 今の夏は、とてもおおらかとは言い難い。
 
 移ろいを感じられにくい気候の中で、この時期だけは少しゆっくりと季節が変わっていくのを感じられるように思う。
 とくに、夕方の五時から七時あたり。この時間帯に次男をお迎えに行くので、少しずつ日が短くなっていくのがわかる。どんどん夜が早まっているなと思っていると、ある日、月の明るさにハッとするのだ。
 ススキや野菜などで飾られた祭壇が作られて、上ったばかりの満月を子供たちが先生と薄暗い園庭で探している。夜のとばりが下りてまん丸の月が上がった中をお迎えに行くと、もう一年が終わってしまいそうな気がして、焦るようなせつないような、胸が少しぎゅっとなる。
「お母さん、今夜はお団子を作ろうね」
 先生にいろいろお話してもらうから、家に向かう自転車ではそんなふうにねだられる。
 うん、そうだね、作りたいね、と相槌を打ちながら子供とお団子を作る光景を想像し、きっと楽しいだろうな、喜ぶんだろうな、と思うのに、これまで一度も作ったことはなく、途中のスーパーでみたらし団子を購入することで許してもらう。
「来年には一緒に作ろうね」
「そうだね、来年には一緒に作ろう」
 長男を送り迎えしていた頃から続く、お決まりのやりとりを、次男ともする。
 全速力で電動自転車を走らせて、大急ぎで夕飯を食べさせて、まったくゆったりした気分に浸る暇もない中でも、お風呂の後に玄関先に出て、お月さまを見ながら頬張るスーパーのみたらし団子はとても美味しいのだ。
 
 この九月にも、そういうひと時を過ごすのだろう。
 だけど来年は違っているのかもしれない。次男が小学校に通うようになり、わたしはもう自転車でお迎えに行かなくなる。その責務がなくなれば、スーパーでみたらし団子を買うことすらないかもしれないし、そもそも新しい季節の訪れに気づけないでいるかもしれない。
 十一年続けてきた子供の送り迎えがあと半年ほどで終わることを、誰よりも待ち望んでいるけれど、少しばかりの寂しさもあるのだな、と思い知る、そんな夏の終わり。


著者プロフィール

近況:
ブラッシングの力を入れすぎているとお知らせしてくれるという歯ブラシを使ってみたら、カチカチと鳴りっぱなし。「力入れすぎだぞ」とお知らせしてくれるのはありがたいが、緩められない……整体も足つぼも痛いくらいじゃないと満足できないタイプです。

尾﨑英子(おざき・えいこ)
1978年生まれ。大阪府出身。早稲田大学教育学部国語国文科卒。フリーライター。東京都在住。『小さいおじさん』で第15回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。同作は6社による競争入札の結果、文藝春秋が落札、2013年10月同社より刊行され、大評判となった。「小説すばる」7月号に短篇「シトラスの森」掲載。「森へゆく径」にエッセイ「いつも心にファン気分を」を寄稿。2017年1月、『小さいおじさん』を改題し、『私たちの願いは、いつも。』として、角川文庫より刊行。「幽」vol.27(KADOKAWA)にエッセイ「ガラシャ夫人の肖像」を寄稿。5月 、長編第2作『くらげホテル』を KADOKAWAより刊行。11月、長編第3作『有村家のその日まで』を光文社より刊行。


Back Number 2019

9月のお題:月
夏の終わりに思うこと……………尾﨑英子
致命的な勘違い………………………大石大
満月が好き………………………小嶋陽太郎
北海道レーダー……………………園山創介
月の光…………………………………黒瀬陽

8月のお題:少年時代
自転車に乗る練習…………………尾﨑英子
嫌いな食べ物のクセがすごい………大石大
明け方の秘密………………………園山創介
小三の魂…………………………小嶋陽太郎

7月のお題:炭酸
缶チューハイの沼…………………尾﨑英子
炭酸は大人の味………………………大石大
くるくる回る………………………園山創介
神戸居留地………………………小嶋陽太郎
力水神とコーラの修行………………黒瀬陽

6月のお題:雨の訪問者
上京はしたけれど……………………大石大
勝手に訪問…………………………園山創介
地下鉄のザジ……………………小嶋陽太郎
十七歳の地図…………………………黒瀬陽

5月のお題:新元号
枠組み…………………………………大石大
フラミンゴ………………………小嶋陽太郎
ワンランクアップ…………………園山創介
令和最初の缶ビール…………………黒瀬陽
令和だからこそ行っておきたい天守閣・大阪城編
         ………………尾﨑英子

令和になったからこそ行ってみたい清水寺編
         ………………尾﨑英子


4月のお題:新社会人
囲碁将棋部の世話役………………尾﨑英子
就職前のゴールデンタイム…………大石大
ミニ警察…………………………小嶋陽太郎
ゴールデンルーキー…………………黒瀬陽
ぐるイブ……………………………園山創介

3月のお題:花霞
萬代先生……………………………尾﨑英子
ある日のこと……………………小嶋陽太郎
サイクリングロード………………園山創介
宮島の紅葉、弥山の梅………………黒瀬陽

2月のお題:謎
ばったり会う人……………………尾﨑英子
宮島スイーツの謎……………………黒瀬陽
チンチン電車………………………園山創介
子どものころの不思議なできごとシリーズ
       …………………小嶋陽太郎


1月のお題:新年の挨拶
知らねえアメリカ人どころの騒ぎじゃない
       …………………小嶋陽太郎

良き朝………………………………園山創介
猪突のご挨拶…………………………黒瀬陽
ありがたい…………………………尾﨑英子

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