今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:デビュー 小嶋陽太郎
2019年10月8日

来月のお題:深酒
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お題:デビュー/小嶋陽太郎 2019年10月8日
デビュー戦


 ふとただならぬ気配を感じて振り返ると、引き戸の真ん中にUSB記憶装置を二回り太らせたくらいの黒いものが張りついていた。光っていた。触覚があった。サイズに比して異様な存在感を放っていた。
 引き戸の真ん中に張りついているということは、どこからか部屋に侵入し移動してそこにたどりついたということである。しかし待てよ。このような存在感のものが引き戸の真ん中を目指して俺の部屋の中を勝手に動きまわっていたというのに、気配に敏感な俺がいままで気づかなかったということがあるだろうか。そんな反語的自負もあり、その黒いものが突如そこに出現したような印象を僕は受けた。
 というのはそのときの心理状況をあとで整理して文章にするとこうなるよね、ということであり、実際はドゥアッと叫びつつ後方に向かって一メートル二十センチ、バッタのようにジャンプした。が、すぐに落ち着きを取り戻した僕は噂に聞いてたアイツがついに俺のところにもやってきたってわけね、と独り言ち、手近にあったいらない冊子を丸めて棍棒状にしてぐっと握りしめた。イチ個体としての俺の生存本能が作動した瞬間だった。そしてそれは俺の戦士としての覚醒の瞬間でもあった。あたりには銃声、硝煙、血の匂い。響き、揺らめき、立ち込めるそれらが俺のなまりきって平らになった五感を刺激し、大蛇のようにうねらせていた。無数の死体が転がっていた。いまやここは戦場だった。弱いヤツ甘いヤツ油断したヤツから順に頭が吹っ飛ぶシビアな世界だった。俺は自分の頭が吹っ飛ぶのを阻止するために敵の頭を吹っ飛ばさなければならなかった。獣にならなければならなかった。とモノローグを入れつつ暗殺の基本、すり足で目標に近づく。そしてるろうに剣心の主人公・緋村剣心の操る高速の抜刀術、「飛天御剣流(ひてんみつるぎりゅう)」の雰囲気で右手を振り抜いた。目標はサカサカッと動いて避けた。はやっ、と僕は言った。
 彼は引き戸の側面、というのだろうか、閉めたときに壁にゴンとぶつかる細い面、に移動していた。僕は刀っつーか冊子を手放して思いきり戸を閉めた。怒ったときに僕は怒っているんだぞと示すために乱暴な動作で戸を閉める人がいる。あの感じで。
 目標は撃破できたのか。確認のため、閉めた引き戸を引く。姿がない。慌てて目玉をぐるんとまわす。壁、否、天井、否、床、いた。一瞬のうちに移動したらしい。生唾が団子のようなかたまりとなって喉から胃へ流れ落ちた。
 ここまですでに「飛天御剣流の雰囲気」「怒っている人」の二つの技を見切られ避けられていた。敵は全体を脂ぎらせてテカテカと余裕の表情。その油断が命とりだぜと僕は言った。僕は奥の手とも呼べる第三の技を手の内に残していた。
 僕はメイちゃんがまっくろくろすけを追いかけるみたいな感じで、サカサカ動く敵をしつこく追いかけた。そして何度も冊子棍棒を振り下ろした。そのうちに一発が当たった。敵は動きを停止し、かすかにその触覚や脚をぴくぴくさせていた。奥義「メイちゃん」がふつうに炸裂した瞬間だった。
 自分が頭を吹っ飛ばした敵の遺体の処理は自分で行うのが、この戦場での礼儀だった。つーか戦場は僕の生活空間でもあったから片づけないという選択肢はなかった。敵はまだぴくぴくしていた。戦場で油断したヤツの末路だった。きっちりとどめをささなければならなかった。とどめとかマジこええと僕は思った。
 目を閉じ、もう一度メイちゃんを炸裂させた。彼は完全に停止した。黒い。すげー黒い。心なしか生きていたときよりもう一段回黒い。高速で這うのもこわいけど、動かないでただそこに転がっているのも、それはそれでなんかマジこええ。
 子どものころにも同じようなことがあった。家に巨大なアシナガバチが出て、殺虫剤で倒したはいいが死骸がでかくて、しかも生きているときより妙にドス黒く見えて、それがものすごくこわかった。ティッシュ越しでも触りたくないから放置してあとで帰ってきたアネキか誰かに片づけてもらった。
 そんな回想もはさみつつ、いまや戦士となった僕はもうガキの頃の俺じゃねえという思いを全身に漲らせて何重にも重ねたティッシュペーパーでなんかマジこええそれをちょんとつまみ、くるんで処分した。引き戸やら床やらをアルコール除菌ペーパーで拭き、冊子棍棒を捨てた。
 こうして僕のデビュー戦は僕の勝利とともにその幕を閉じた。
 僕は昂ぶり荒ぶる神経を落ち着かせつつ洗面所で牛乳石鹸を使って入念に手を洗い、頭が吹っ飛んでいないことに感謝した。部屋に戻ってパソコンを立ち上げた。額の冷や汗をぬぐいながら世界一有名な熱帯雨林の名前を関した巨大な通販サイトの検索窓に「ゴキジェット」と入力した。


著者プロフィール

近況:
ブラックキャップというのがとてもいいらしいと聞いて買った。

小嶋陽太郎(こじま・ようたろう)
1991年長野県松本市生まれ。2014年『気障でけっこうです』(KADOKAWA)で第16回ボイルドエッグズ新人賞を受賞しデビュー。その後、在籍していた信州大学人文学部を中退。第二作は15年『火星の話』(KADOKAWA)、第三作は『おとめの流儀。』(ポプラ社)、第四作は16年『こちら文学少女になります』(文藝春秋)、第五作は17年『ぼくのとなりにきみ』、第六作は『ぼくらはその日まで』(以上ポプラ社)、第七作は『悲しい話は終わりにしよう』(KADOKAWA)。文庫化作品に『気障でけっこうです』『今夜、きみは火星にもどる』(『火星の話』改題/いずれも角川文庫)、『おとめの流儀。』(ポプラ文庫)がある。「小説すばる」「小説新潮」にそれぞれ連作短篇を発表。2018年4月、「小説すばる」の連作短篇をまとめた単行本『放課後ひとり同盟』を集英社から刊行。9月、「小説新潮」の連作短篇をまとめた単行本『友情だねって感動してよ』を新潮社より刊行。11月、アンソロジー『そしてぼくらは仲間になった』(小嶋陽太郎の参加作品「夏のはぐれもの」)をポプラ社より刊行。2019年6月、書き下ろしアンソロジー『行きたくない』(小嶋陽太郎の参加作品「シャイセ」)を角川文庫より刊行。


Back Number 2019

10月のお題:デビュー
褒められる鼻の穴…………………尾﨑英子
デビュー戦………………………小嶋陽太郎
作家デビューのためのブックリスト…大石大
しおちゃんの牛乳パック…………園山創介
一人暮らしデビュー…………………黒瀬陽

9月のお題:月
夏の終わりに思うこと……………尾﨑英子
致命的な勘違い………………………大石大
満月が好き………………………小嶋陽太郎
北海道レーダー……………………園山創介
月の光…………………………………黒瀬陽

8月のお題:少年時代
自転車に乗る練習…………………尾﨑英子
嫌いな食べ物のクセがすごい………大石大
明け方の秘密………………………園山創介
小三の魂…………………………小嶋陽太郎

7月のお題:炭酸
缶チューハイの沼…………………尾﨑英子
炭酸は大人の味………………………大石大
くるくる回る………………………園山創介
神戸居留地………………………小嶋陽太郎
力水神とコーラの修行………………黒瀬陽

6月のお題:雨の訪問者
上京はしたけれど……………………大石大
勝手に訪問…………………………園山創介
地下鉄のザジ……………………小嶋陽太郎
十七歳の地図…………………………黒瀬陽

5月のお題:新元号
枠組み…………………………………大石大
フラミンゴ………………………小嶋陽太郎
ワンランクアップ…………………園山創介
令和最初の缶ビール…………………黒瀬陽
令和だからこそ行っておきたい天守閣・大阪城編
         ………………尾﨑英子

令和になったからこそ行ってみたい清水寺編
         ………………尾﨑英子


4月のお題:新社会人
囲碁将棋部の世話役………………尾﨑英子
就職前のゴールデンタイム…………大石大
ミニ警察…………………………小嶋陽太郎
ゴールデンルーキー…………………黒瀬陽
ぐるイブ……………………………園山創介

3月のお題:花霞
萬代先生……………………………尾﨑英子
ある日のこと……………………小嶋陽太郎
サイクリングロード………………園山創介
宮島の紅葉、弥山の梅………………黒瀬陽

2月のお題:謎
ばったり会う人……………………尾﨑英子
宮島スイーツの謎……………………黒瀬陽
チンチン電車………………………園山創介
子どものころの不思議なできごとシリーズ
       …………………小嶋陽太郎


1月のお題:新年の挨拶
知らねえアメリカ人どころの騒ぎじゃない
       …………………小嶋陽太郎

良き朝………………………………園山創介
猪突のご挨拶…………………………黒瀬陽
ありがたい…………………………尾﨑英子

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