今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:デビュー 園山創介
2019年10月22日

来月のお題:深酒
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お題:デビュー/園山創介 2019年10月22日
しおちゃんの牛乳パック


「ねえ、一緒にアルバイトしない? 簡単だよ。牛乳パックを作るんだ。一日五千円」
 高校一年の春休み、自宅ちかくの商店街の裏通りを歩いていると、小中学校の同級生のしおちゃんに声をかけられた。ボサボサの髪に派手な柄のシャツを羽織り、穴だらけのジーンズをはいている。高校一年生なのに手にはタバコをくゆらせている。
「つっこみどころ満載だ」
 と心の中でつぶやいた。
 小中学校のころ、彼はボスグループにくっついて遊んでいて、いつも使いっぱしりをしていた。たまにボスに良くしてもらっている姿を見て、
「さすが使いっぱしりのプロだ。これが彼の馬力ならぬ、『ぱ力』か」
 と感心したりもした。しかし、プロレス技の実験台になるなど、さえない印象のほうが強かった。
 そんな彼が高校入学とともに垢抜けた雰囲気に一変している。これが高校デビューかと思いつつ、彼と出会ったころの記憶をたどった。
 
 しおちゃんは小学校一、二年生のクラスメイトだ。ひょろりとした体格で洋服や体操着はよれよれで風が吹けば飛んでしまいそうなくらい貧弱だった。外見にも無頓着で、鼻水をたらしたり、泥だらけになって遊んでいたのでクラスの女子に嫌がられたりもしていた。
 ある日の体育の授業でサッカーの練習試合があった。グラウンドでボールを追いかけていると、ふと、彼がコートの外にひとりで立っている姿が目に入った。
 近くに寄ると、彼は棒立ちのまま、ぽろぽろと涙を流している。試合に出る順番だったのに誰かに出番を取って代わられてしまったらしい。
「君が出なよ。僕はもういいから」
 サッカーのルールなんておかまいなしに、わたしは彼と交代した。
 しばらくたったある日、しおちゃんに声をかけられた。
「タガメ捕ったから家に見にこない?」
「すげー! 見たい、見たい!」
 タガメは枯れ葉のような姿をしていて、カマキリのようなカマを持った珍しい水生昆虫だ。小学生のころのわたしは昆虫が大好きでよく虫捕りに出かけていた(八月エッセイ『明け方の秘密』)ので、誘われて嬉しかった。
 放課後になると、先に自宅に帰ってから自転車に乗って学校に戻り、彼と一緒に帰った。十数メートル先に彼の家が見えた。住宅街の一角にある普通の一軒家だが、玄関前に色とりどりの木箱が山積みになっている。
「親が雑貨屋でもしているのかな?」
 と思ったが、そうではなかった。
 赤や黄、緑色などのペンキで塗られた鳥籠だった。籠の中では鳥が舞い、唄っている。玄関の両隣に色とりどりの鳥籠が重なり、庇から吊り下がり、虹色のゲートをかたちづくっていた。
「そこの水槽だよ」
 玄関の脇に二十インチテレビくらいの大きな水槽があった。砂利が敷かれ水草が繁っている。その間に、水生昆虫がいるのが見えた。
「タガメすげー! でかい! タイコウチも何匹もいるし、ヤゴもいるじゃん!」
 レアな昆虫を一匹獲るのも大変なのに十数匹もいる。別の水槽にはたくさんのメダカが泳いでいる。名前も聞いたことのない、きらきら光る小魚も泳いでいた。
「そこらへんで捕れるんだ」
 彼は家の反対側を指差した。
 道を挟んだ向こうには田んぼが広がり、その真ん中を小川が流れている。田んぼの先には河川が横たわっている。水の豊かな地域だ。
「あとでザリガニとか捕りにいこうよ」
「おうっ!」
 彼とはこうして、ときどき遊ぶようになった。
 彼は泥まみれになることもいとわずに、小川の土手から滑り降り、水しぶきをあげて川の中を走り回った。川底に虫捕りの罠を仕掛けて手が汚れたときは川の水で洗い流し、泥が顔に跳ねたときは、顔を拭うよりも、それを伸ばしてフェイスペイントを楽しんだ。彼の爪の先には、いつも泥がつまっていたが、そんなことには無頓着だった。
 
 その彼が高校生になって、目の前に立っている。
 当時の野性味はみじんも感じられなかった。洒落たシャツに、たくさん穴の開いたジーンズをはいている。大小さまざまな穴からほつれた糸が毛羽立っている。イソギンチャクっぽいな。いや、漫画の主人公がバトルを終えたときのボロボロの姿みたいだ。
 古着のジーンズを買ってきて、自分で穴を開けているそうだ。古着屋はこの街にはないので、都会のどこかの小洒落た店に通っているのかもしれない。
「バイトどうする? 今週の日曜日なんだけど」
 彼が高校生になってすぐにアルバイトをはじめたことは噂話で聞いていた。着ている洋服も自分で稼いだお金で買ったのかもしれない。お金を稼げば自分の欲しい物が買える。彼と偶然会って、ちょーラッキーだ。五千円あればゲームソフトだって漫画だって買える。
「バイトしたい! っていうか、するする!」
 力強く返事した。
 仕事先は自転車で三十分くらい離れた工業団地にあるという。牛乳パックなどの紙パックを製造しているちいさな町工場らしい。単発のバイトだし、彼の紹介ということで履歴書もなくていいそうだ。
 日曜日の朝、彼の家で待ち合わせをして、自転車で工場に向かった。
 振り返り、ちいさくなっていく彼の家の玄関に視線を向けると、鳥籠や水槽はなく、整然とした玄関に戻っていた。田畑の間の小道を通り抜けて国道を横断し、また田畑の間の小道を自転車で走った。工業団地へ向かって彼の後ろを走っていると、香水とタバコの入り混じった匂いが鼻腔をくすぐった。
 牛乳パックの工場にたどり着いた。
 工業団地の外れにぽつんと建った平屋建ての古びた工場で、周囲には田畑が広がっている。
「おはようございまーす」
 しおちゃんが我が家のように建物に入っていく。扉をくぐると、三和土などはなく、すぐに作業場になっていた。蒸気のような熱気とモーター音に包まれる。
 学校の教室ふたつぶんくらいの広さで、片隅に休憩室のような事務所があった。人はいない。あたりを見回すと、天井が高く、大きな窓から陽の光が射している。工場の真ん中にベルトコンベヤーが設置され、その左右に工作機械が数台ずつ置かれていた。機械は太陽の明かりを受けて黒光りしている。これらの機械がお金を生み出しているのだ。胸の内に言い知れぬ緊張感が湧きあがった。
「おう」
 機械音に混じって声がした。工作機械の脇に白髪頭で小太りのおじさんが立っていた。薄緑の作業着をまとい、腕や額に汗をかいている。建物の中にはその人ひとりしかいなかった。ちいさな町工場だから、この人が社長さんかもしれない。挨拶しなきゃ。
「ちょっと待ってて」
 しおちゃんは社長さんのほうへ行くと、何やら話し、休憩室へ入っていった。
 しばらくすると、彼は何かを手にして、ニコニコしながらこちらにやってくる。
「挨拶は……」
「大丈夫。社長には言っておいたから。それよりさ、これでジュースでも買ってきなって」
 彼は手にした千円札を、ぴっと目の前に掲げた。
 うわあ。すごい。しおちゃんの行動に驚嘆した。緊張しないで大人と話せるのもすごいし、許可を得ているにしても、人様のお金をひょいっと預かってしまえるのもすごい。ああ、そうか。これが使いっぱしりで身につけた彼の人間力、馬力ならぬ、『ぱ力』なのか。
 ジュースを飲みながら社長の仕事を見学した。
 真っ白な厚紙の束を裁断機に流してカットする。カットされたものをひとつずつプレス機に載せて成形すると、上部の空いた容器ができあがる。そして、それらの良品、不良品を検品するといった流れのようだ。牛乳パックの形をしているが、印刷されていない真っ白な容器なので、スーパーなどに流通しているものではなさそうだ。ラベルを貼って使うちいさな飲料店のものか、どこかの工場で溶液入れなどに使うのかもしれない。
 作業がはじまった。
 ひとりで何かを行うことはなく、パートのおばさんも含め、四人でもくもくと紙パックを製作していく。
 お茶を飲んで休憩したり、雑談を交えながら仕事をこなしていった。
 製品を詰めこんだ箱と、不良品を入れた箱が増えていく。
 時計の針がどんどん進んでいった。
 工場内に注ぐ太陽の光が次第に傾いていく。
 夕方になり、本日の作業が終了した。正味五時間ほどしか働いていないので、時給千円だ。アルバイト代はすぐに現金で支払ってくれるそうだ。それまで外で待つことになった。
 建物の外に出ると、橙色の世界が広がっていた。
 しおちゃんは畑の畝に立ってタバコをふかしている。わたしが見ていることに気がついたのか、
「これ、軽いやつだから」
 と微笑んだ。タバコの銘柄は分からない。彼はタバコを吸い終えると、吸い殻をポイっと捨てた。
 高校生になったらアルバイトをしたいと思っていた。今みたいにインターネットはなかったので、店頭や雑誌で募集先を見つけなければならなかった。電話をして、面接の予約をする。履歴書を書いて会社訪問し、後日の連絡を待つ。そして採用されれば、出勤日が決定する。そんな手間暇をかけなければアルバイトはできなかった。
 しかし、彼と会った数日後にはアルバイトを終えてお金を手にすることができるのだ。なんだか、彼にアルバイト代を分けてもらったような、そんな気がした。彼が高校生なのにタバコを吸っていることも気になっていた。誘われても、もう、一緒にアルバイトをしないかもしれない。
「ねえ、ちょっと来て」
 しおちゃんの声がした。彼と一緒に工場の裏に歩いていく。彼は敷地の隅に腰をおろした。
「ここ見て」
 彼は地面を指差した。土の地面に雑草が生い茂っている。彼が指差した場所だけ新しい土が盛り上がっている。しおちゃんはそばに置いてあったスコップを使って地面を掘り返した。すると、そこから泥だらけになった牛乳パックが現れた。
 不良品になったものを埋めたのだろうか。彼は白い歯を見せると、牛乳パックの中をこちらに見せた。パックの底には黒いカナブンのような昆虫や数匹の虫が入っていた。
 彼は昆虫を捕るために、牛乳パックに虫が落ちるような仕掛けを作り、地面に埋めていたのだ。彼は目を輝かせ、おさないころのような嬉々とした表情をした。わたしは満面の笑みで応えた。
 工場に戻ると、社長が待っていた。
「がんばってくれたから、ご祝儀も入れておきました」
 封筒を受け取り、挨拶して工場をあとにした。家に帰って封筒を開けると、五千円札と五百円玉が入っていた。


著者プロフィール

近況:
小腹が減ったので、台所に立ってスナック菓子を一気に食べることにした。袋を開けて中身を台所の三角コーナーにぶちまけ、空袋を逆さまにして口にあてた。ああ、順番を間違えた。疲れがたまっているのかもしれない。

園山創介(そのやま・そうすけ)
1975年、埼玉県生まれ。拓殖大学を卒業後、金融機関に勤務。初の小説『サザエ計画』で第13回ボイルドエッグズ新人賞を受賞し、作家デビュー。


Back Number 2019

10月のお題:デビュー
褒められる鼻の穴…………………尾﨑英子
デビュー戦………………………小嶋陽太郎
作家デビューのためのブックリスト…大石大
しおちゃんの牛乳パック…………園山創介
一人暮らしデビュー…………………黒瀬陽

9月のお題:月
夏の終わりに思うこと……………尾﨑英子
致命的な勘違い………………………大石大
満月が好き………………………小嶋陽太郎
北海道レーダー……………………園山創介
月の光…………………………………黒瀬陽

8月のお題:少年時代
自転車に乗る練習…………………尾﨑英子
嫌いな食べ物のクセがすごい………大石大
明け方の秘密………………………園山創介
小三の魂…………………………小嶋陽太郎

7月のお題:炭酸
缶チューハイの沼…………………尾﨑英子
炭酸は大人の味………………………大石大
くるくる回る………………………園山創介
神戸居留地………………………小嶋陽太郎
力水神とコーラの修行………………黒瀬陽

6月のお題:雨の訪問者
上京はしたけれど……………………大石大
勝手に訪問…………………………園山創介
地下鉄のザジ……………………小嶋陽太郎
十七歳の地図…………………………黒瀬陽

5月のお題:新元号
枠組み…………………………………大石大
フラミンゴ………………………小嶋陽太郎
ワンランクアップ…………………園山創介
令和最初の缶ビール…………………黒瀬陽
令和だからこそ行っておきたい天守閣・大阪城編
         ………………尾﨑英子

令和になったからこそ行ってみたい清水寺編
         ………………尾﨑英子


4月のお題:新社会人
囲碁将棋部の世話役………………尾﨑英子
就職前のゴールデンタイム…………大石大
ミニ警察…………………………小嶋陽太郎
ゴールデンルーキー…………………黒瀬陽
ぐるイブ……………………………園山創介

3月のお題:花霞
萬代先生……………………………尾﨑英子
ある日のこと……………………小嶋陽太郎
サイクリングロード………………園山創介
宮島の紅葉、弥山の梅………………黒瀬陽

2月のお題:謎
ばったり会う人……………………尾﨑英子
宮島スイーツの謎……………………黒瀬陽
チンチン電車………………………園山創介
子どものころの不思議なできごとシリーズ
       …………………小嶋陽太郎


1月のお題:新年の挨拶
知らねえアメリカ人どころの騒ぎじゃない
       …………………小嶋陽太郎

良き朝………………………………園山創介
猪突のご挨拶…………………………黒瀬陽
ありがたい…………………………尾﨑英子

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