今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:深酒 大石大
2019年11月7日

来月のお題:え?もう師走!?
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お題:深酒/大石大 2019年11月7日
禁煙宣言


 エッセイを読んでもらう前に、言っておきたい事がある。 
 今回のエッセイは一〇〇パーセント自分のために書くものである。エッセイを、自分の生活習慣改善のために利用させてもらう。
 かなりどうでもいい話もするが、僕の本音を聴いてくれ。
 
 数年前、一九九〇年代に発表されたある小説を読んでいたら、泥酔した主人公が車を運転をする場面が出てきて驚いたことがある。主人公は決して悪人ではなく、善良で頭のいい大学生だった。それなのに、酒を飲んでの運転に後ろめたさを覚えることもなければ、後で飲酒運転が発覚して罰せられることもない。
 主人公は窮地に陥った友達に助けを求められたのだが、その友達が車を必要としていた。運転せざるを得ない状況ではあった。だけど、今同じことをやれば、きっとその瞬間に読者からの共感を失う。実際、僕はその場面で、ページをめくる手が止まってしまった。
 たぶん、当時は今より少しだけ飲酒運転に寛容だったんだと思う。飲酒運転する主人公を見て「しょうがない奴だな」と思いながら読み進められる程度には。二〇〇〇年代の中頃に、酒を飲んだドライバーが他の車に衝突し、乗っていた子どもが亡くなる事件があった。その時期から、世間の風潮が変わっていった気がする。
 世の中の良識や倫理観は、時代とともに変化していく。
 さだまさしの『関白宣言』を初めて聴いたのは、僕が入籍した直後のことだった。友達がカラオケで、「結婚へのはなむけだ」と言って、冗談で歌ってくれたのだ。この歌も、今発売されたらきっとバッシングを受けるだろう。おそらく、この曲が発表された一九七九年当時も、きっとこの歌詞は時代遅れだったんだと思う。時代遅れの価値観をあえて高らかに歌ったことが男性たちの支持を集めたんだろう。だけど今、僕たちはこの歌をただの冗談として消費することしかできない。
 そして近年、世間の意識が大きく変わったのが煙草だ。
 一九九〇年代のプロ野球を題材にしたドキュメンタリー番組の再放送を見ていて、選手が練習後にベンチで煙草を吸っている場面に目を疑ったことがある。ベンチが禁煙になっていないのが驚きだし、スポーツ選手が練習と試合の合間にユニフォーム姿で煙草を吸うというのにもっと驚く。
 当時は当たり前の行為だったのだろう。野球選手は持久力はそれほど重要ではないだろうから、煙草を吸ってもパフォーマンスは落ちないのかもしれない。それにしてもどうなんだ、と二〇一九年の僕は思う。
 テレビや映画で喫煙シーンを取り上げるとクレームがつく、という話はよく聞く。格好いいキャラクターが煙草をおいしそうに吸うシーンを流すことで、影響されて煙草に手を出す人が増える、ということなのだろう。表現の幅が狭まってしまうことは残念だ。ただ、煙草を吸う場面を放映することが、視聴者の喫煙を誘発するというのは間違いなく事実だ。
 証人はいる。
 この僕だ。
 一日に一、二本だけ吸う、という生活を十年以上続けてきた。主に、夕食後や執筆中の息抜きに吸うことが多かった。人前ではほとんど吸わない。だから僕の知り合いで、僕が煙草を吸う姿を見たことのある人は少ない。
 煙草を吸わない人から見れば僕は立派な喫煙者なのだろうが、本格的に煙草を吸う人から「その程度では煙草を吸っているとは言えない」と指摘されたことがある。喫煙者と禁煙者、どちらの仲間にも入れてもらえない。イソップ童話のこうもりになった気分だった。
 そんな毎日も、昨秋で終わった。あいつぐ値上げに嫌気が差し、昨年十月の値上げを機に煙草を断った。
 そこから半年間、いっさい煙草に触れなかった。吸いたくなる瞬間はあったけど、しばらく耐えていれば衝動は消える。このまま禁煙に成功するかと思われた。
 風向きがおかしくなったのは、今年五月。『水曜日のダウンタウン』というテレビ番組がきっかけだった。
「新元号当てるまで脱出できない生活」という企画が放送された。新元号発表直前、「ななまがり」というコンビ芸人を拉致し、習字セットと布団しかない部屋に監禁する。スマートフォンを取り上げ、外部からの情報がいっさい入らない状態にした上で、正解するまで延々と新元号を答え続ける、という常軌を逸した企画だった。
 最初は一切ヒントがなく、当てずっぽうで答えるしかないのだが、しばらく時間が経つとチャンスタイムの時間となり、クイズが出題される。正当数に応じて現金が支給され、それを使って新元号のヒントのほか、歯ブラシや替えの下着、エアコンのリモコンといった、生活を快適にするための品を買うことができる。
 クイズに正解して現金を得て、二人は何を買うのか。もちろんヒントか、それとも歯ブラシか、エアコンなのか。
 違う。
 二人が真っ先に買ったのは煙草だった。
 スタジオのタレントたちが「ヒント買えよ!」と突っ込む中、二人は煙草をうまそうに吸っていた。
 その後もクイズに正解して現金を得るのだが、二人はそのたびに煙草を買う。
 放送後、ネットでは「こんな極限状況でもヒントより煙草を優先するなんて、依存症は恐ろしい」という書き込みをいくつか見たけど、僕の感想は全然違った。こんな極限状況でもヒントより優先したくなるものがあるなんてすばらしいことだ、と思ったのだ。理不尽な戦いの合間、一本の煙草を噛みしめるように味わい、喫煙ができることの幸福を存分に堪能する二人は、文句なしに格好良かった。こんなにおいしそうに煙草を吸う人は見たことがなかった。
 番組を見たのは、ちょうど小説家デビューが決まった直後のことだった。自分へのお祝いということで、久々に一箱買って吸おう、と思った。
 結果、以前の生活に逆戻りである。
 こんなはずではなかった。たった一箱買うのに五百円近い金額をいちいち払うなんて、本当にバカバカしい。喫煙シーンの放映に苦情を言う人たちの指摘通りになってしまったことも悔しい。
 というわけで、決めた。
 もう半年吸い続けた。十月からさらに値段が上がった。そろそろ頃合いだ。
 さあ、宣言しよう。
 ……本当はしたくないけど。一服の楽しみを捨てたくないけど。
 で、でも、宣言するぞ。
 
 俺は煙草は吸わない。
 たぶん吸わないと思う。
 吸わないんじゃないかな。
 ま、ちょっと覚悟はしておけ、俺。


著者プロフィール

近況:
『水曜日のダウンタウン』は今一番好きなテレビ番組です。特に特番の時期になるとミステリ小説ファンもビックリの奇抜なトリックを仕掛けてくることがあるので、ミステリ好きは必見です。今年も、年末スペシャルでどんな仕掛けを見せてくれるのか、今から楽しみです。

大石大(おおいし・だい)
1984年秋田県生まれ。法政大学社会学部卒業。現在は公務員。『シャガクに訊け!』で第22回ボイルドエッグズ新人賞を受賞(2019年2月1日発表)。競争入札の結果、受賞作は光文社が落札し、2019年10月刊行された。
☞ Amazon > 大石大『シャガクに訊け!』(光文社)
☞ 第22回ボイルドエッグズ新人賞発表/講評
☞ 第22回ボイルドエッグズ新人賞受賞作/入札結果発表!


Back Number 2019

11月のお題:深酒
まあいいか、じゃなくて!………尾﨑英子
禁煙宣言………………………………大石大
先生……………………………………黒瀬陽
不思議な世界………………………園山創介
或る日の飲酒のわりと詳細な記録
        ………………小嶋陽太郎


10月のお題:デビュー
褒められる鼻の穴…………………尾﨑英子
デビュー戦………………………小嶋陽太郎
作家デビューのためのブックリスト…大石大
しおちゃんの牛乳パック…………園山創介
一人暮らしデビュー…………………黒瀬陽

9月のお題:月
夏の終わりに思うこと……………尾﨑英子
致命的な勘違い………………………大石大
満月が好き………………………小嶋陽太郎
北海道レーダー……………………園山創介
月の光…………………………………黒瀬陽

8月のお題:少年時代
自転車に乗る練習…………………尾﨑英子
嫌いな食べ物のクセがすごい………大石大
明け方の秘密………………………園山創介
小三の魂…………………………小嶋陽太郎

7月のお題:炭酸
缶チューハイの沼…………………尾﨑英子
炭酸は大人の味………………………大石大
くるくる回る………………………園山創介
神戸居留地………………………小嶋陽太郎
力水神とコーラの修行………………黒瀬陽

6月のお題:雨の訪問者
上京はしたけれど……………………大石大
勝手に訪問…………………………園山創介
地下鉄のザジ……………………小嶋陽太郎
十七歳の地図…………………………黒瀬陽

5月のお題:新元号
枠組み…………………………………大石大
フラミンゴ………………………小嶋陽太郎
ワンランクアップ…………………園山創介
令和最初の缶ビール…………………黒瀬陽
令和だからこそ行っておきたい天守閣・大阪城編
         ………………尾﨑英子

令和になったからこそ行ってみたい清水寺編
         ………………尾﨑英子


4月のお題:新社会人
囲碁将棋部の世話役………………尾﨑英子
就職前のゴールデンタイム…………大石大
ミニ警察…………………………小嶋陽太郎
ゴールデンルーキー…………………黒瀬陽
ぐるイブ……………………………園山創介

3月のお題:花霞
萬代先生……………………………尾﨑英子
ある日のこと……………………小嶋陽太郎
サイクリングロード………………園山創介
宮島の紅葉、弥山の梅………………黒瀬陽

2月のお題:謎
ばったり会う人……………………尾﨑英子
宮島スイーツの謎……………………黒瀬陽
チンチン電車………………………園山創介
子どものころの不思議なできごとシリーズ
       …………………小嶋陽太郎


1月のお題:新年の挨拶
知らねえアメリカ人どころの騒ぎじゃない
       …………………小嶋陽太郎

良き朝………………………………園山創介
猪突のご挨拶…………………………黒瀬陽
ありがたい…………………………尾﨑英子

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