今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:え?もう師走!? 大石大
2019年12月2日

来月のお題:無題
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お題:え?もう師走!?/大石大 2019年12月2日
いつか、憧れの本格ミステリを


 十二月の楽しみは三つある。競馬の有馬記念、M-1グランプリの決勝戦、そして『このミステリーがすごい!』や『本格ミステリ・ベスト10』などのミステリーランキングの発表だ。本当は今回のお題で、僕の考える「有馬記念国民的行事化計画」や「M-1グランプリ歴代ベストネタトップ10」を語りたいのだが、このページを読む方で競馬やお笑いを好きな方がどれだけいるかわからないので、ここでは無難に本の話を選ぶことにする。
 小説を書く人の多くは、自分が好きなジャンルの小説を書いているはずだ。ファンタジーが好きな人はファンタジー小説を、歴史が好きな人は歴史小説を、そしてミステリーが好きな人はミステリー小説を書くのだろう。
 僕は少し違う。投稿時代から、僕はいわゆる「広義のミステリー小説」を書いている。ミステリー色を混えつつ、ストーリーやキャラクターで勝負するエンターテインメント小説を書いてきた。もちろん、そういった小説を読むのも好きだ。だけど、僕が一番読むときにわくわくするのは、謎解きが物語の主眼となっている本格ミステリなのだ。
 初めてミステリーというジャンルを知ったのは小学校高学年、読んだのは漫画『金田一少年の事件簿』だった。それまで漫画といえば『ドラゴンボール』のような格闘もの、『スラムダンク』のようなスポーツものしか知らなかった。だけど金田一少年は、それらの漫画とはまるで違う内容だった。連続する殺人事件、密室やアリバイなどの不可解な謎、次第に露わになる隠された人間関係……。そしてクライマックスで、到底解決できそうにない数々の謎を、主人公の探偵が卓越した推理力で鮮やかに解明してみせる。
 こんな物語があったのかと興奮した。不可解な謎に翻弄される楽しさ、謎が解かれたときの快感、謎に直面する探偵の人間性、すべてが斬新だった。
 そういえば、初めて小説の楽しさを知ったのも金田一少年だった。金田一少年は小説版も何冊か出版されていて、『電脳山荘殺人事件』という作品を読んだときのことは今も忘れられない。
 冬山のコテージで殺人事件が起こる。吹雪がひどく、下山することも警察を呼ぶこともできない中、惨劇が次々と繰り返されていく。吹雪で閉ざされた夜の山荘に、殺人犯とともに閉じ込められるストーリーを、夢中になって読んだ。小説の世界を頭の中で描きながら読んでいるうちに、僕も金田一少年たちと一緒に山荘に閉じ込められているような恐怖を覚えた。今僕は自分の部屋にいるのか、それとも吹雪の山荘にいるのか、本気でわからなくなる瞬間があった。毎日過ごしているはずの自分の部屋が、まるで違う姿に見えた。作品の世界に体ごと持っていかれるというのは、漫画やドラマでは経験したことのない感覚だった。
 中学生になると、赤川次郎を読むようになった。赤川次郎はホラーやコメディ調の作品などジャンルが多彩だが、やはり一番印象に残るのは『三毛猫ホームズの推理』や『マリオネットの罠』など本格色の濃い作品だった。特に『マリオネットの罠』の真相は、金田一少年のような作品だけがミステリーなのだと思っていた当時の僕にとっては椅子から転げ落ちそうになるくらいのインパクトがあった。
 綾辻行人、歌野晶午、我孫子武丸といった、いわゆる新本格ミステリと呼ばれる作家を知ったのは二十代になってからだった。館シリーズを一気読みし、『葉桜の季節に君を想うということ』で久々に椅子から転げ落ちそうになり、『殺戮にいたる病』の結末に暗い嗤い声を漏らす。ミステリーランキングの存在を知るようになったのもこの時期だった。
 その後も数々の本格ミステリを読み続けた。島田荘司や西澤保彦といった以前から活躍している作家の文庫を読みあさった。道尾秀介や米澤穂信をリアルタイムで追いかけ続けた。ここ数年でデビューした作家では青崎有吾、井上真偽、早坂吝といった作家に注目している。最近は、相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』に感銘を受けた。
 と、これだけ本格ミステリが好きなのだから、当然自分でも書きたいという欲求がある。書いてみようと試みたこともある。
 ダメだった。
 読者を魅了するようなトリックや、聞いているだけで惚れ惚れするような推理が、全然思いつかなかった。一応、十年近く前に密室トリックを扱った短編を書いたことはある。人に読んでもらったが、褒められたのは登場人物の魅力やストーリーの面白さであり、謎解き部分はたいしたことがないと評価されてしまった。
 探偵のキャラクターだけなら、いくつか思いついた。気に入っているのが、「完璧探偵」という若い女性の探偵だ。子どもの頃から探偵に憧れ、大人になって探偵の夢を叶えると数々の難事件を解決、世間から完璧探偵と呼ばれもてはやされるようになる。その顔と実力は日本中で有名になり、最近では彼女が臨場した時点で犯人が諦めて自首するようになる。完全犯罪を目論む人間がなくなり、治安がよくなって人々から感謝される。ところが本人は謎解きがしたくて探偵になったのに腕を振るうことができず、また犯罪が減ったことで仕事がなくなり、毎晩愚痴を吐きながら飲んだくれている。才能がありすぎるせいで才能を生かす機会を失った、悲しくて滑稽な探偵なのだ。
 と、ここまでは考えたのだが、こんな彼女にどんな事件を用意すればいいのか、どんな謎を解かせればいいのか、それがわからない。結局彼女を主人公にした小説は早い段階で挫折し、完璧探偵というキャラクターをもてあましている状態が何年も続いている。
 結局、投稿時代の早い段階で本格ミステリの道は諦め、ミステリー要素を含んだエンターテインメント小説を書き続けている。
 それでも、本格ミステリを書きたいという願望は消えていない。
 これまでの経緯を考えると、本当に僕に本格ミステリを書く力があるのか、心許ないと言わざるを得ない。書けるわけがない、という気もする。だけど、そもそも、一年前までは僕が本を出版できるなんて考えられなかったのだ。本格ミステリだって、努力を続ければ、ミステリファンを唸らせるような小説を書き上げられるかもしれない。
 いつか本格ミステリを書きたい。それが僕の、ひそかな夢だ。


著者プロフィール

近況:
せっかくなので、11月29日時点での有馬記念とM-1グランプリの予想を書いておきます。有馬記念は、距離適正のありそうなリスグラシュー。M-1グランプリは、三回戦のネタが抜群に面白かった四千頭身。当たったら褒めてください。

大石大(おおいし・だい)
1984年秋田県生まれ。法政大学社会学部卒業。現在は公務員。『シャガクに訊け!』で第22回ボイルドエッグズ新人賞を受賞(2019年2月1日発表)。競争入札の結果、受賞作は光文社が落札し、2019年10月刊行された。
☞ Amazon > 大石大『シャガクに訊け!』(光文社)
☞ 第22回ボイルドエッグズ新人賞発表/講評
☞ 第22回ボイルドエッグズ新人賞受賞作/入札結果発表!


Back Number 2019

12月のお題:え?もう師走!?
いつか、憧れの本格ミステリを……大石大
ウィッグを被り、見えた世界……尾﨑英子
不幸な爆食い……………………小嶋陽太郎
師走の鑑定……………………………黒瀬陽

11月のお題:深酒
まあいいか、じゃなくて!………尾﨑英子
禁煙宣言………………………………大石大
先生……………………………………黒瀬陽
不思議な世界………………………園山創介
或る日の飲酒のわりと詳細な記録
        ………………小嶋陽太郎


10月のお題:デビュー
褒められる鼻の穴…………………尾﨑英子
デビュー戦………………………小嶋陽太郎
作家デビューのためのブックリスト…大石大
しおちゃんの牛乳パック…………園山創介
一人暮らしデビュー…………………黒瀬陽

9月のお題:月
夏の終わりに思うこと……………尾﨑英子
致命的な勘違い………………………大石大
満月が好き………………………小嶋陽太郎
北海道レーダー……………………園山創介
月の光…………………………………黒瀬陽

8月のお題:少年時代
自転車に乗る練習…………………尾﨑英子
嫌いな食べ物のクセがすごい………大石大
明け方の秘密………………………園山創介
小三の魂…………………………小嶋陽太郎

7月のお題:炭酸
缶チューハイの沼…………………尾﨑英子
炭酸は大人の味………………………大石大
くるくる回る………………………園山創介
神戸居留地………………………小嶋陽太郎
力水神とコーラの修行………………黒瀬陽

6月のお題:雨の訪問者
上京はしたけれど……………………大石大
勝手に訪問…………………………園山創介
地下鉄のザジ……………………小嶋陽太郎
十七歳の地図…………………………黒瀬陽

5月のお題:新元号
枠組み…………………………………大石大
フラミンゴ………………………小嶋陽太郎
ワンランクアップ…………………園山創介
令和最初の缶ビール…………………黒瀬陽
令和だからこそ行っておきたい天守閣・大阪城編
         ………………尾﨑英子

令和になったからこそ行ってみたい清水寺編
         ………………尾﨑英子


4月のお題:新社会人
囲碁将棋部の世話役………………尾﨑英子
就職前のゴールデンタイム…………大石大
ミニ警察…………………………小嶋陽太郎
ゴールデンルーキー…………………黒瀬陽
ぐるイブ……………………………園山創介

3月のお題:花霞
萬代先生……………………………尾﨑英子
ある日のこと……………………小嶋陽太郎
サイクリングロード………………園山創介
宮島の紅葉、弥山の梅………………黒瀬陽

2月のお題:謎
ばったり会う人……………………尾﨑英子
宮島スイーツの謎……………………黒瀬陽
チンチン電車………………………園山創介
子どものころの不思議なできごとシリーズ
       …………………小嶋陽太郎


1月のお題:新年の挨拶
知らねえアメリカ人どころの騒ぎじゃない
       …………………小嶋陽太郎

良き朝………………………………園山創介
猪突のご挨拶…………………………黒瀬陽
ありがたい…………………………尾﨑英子

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