今月のゆでかげん(受賞作家 競作エッセイ)

お題:初めの一歩 大石大
2021年4月15日

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大石大/お題:初めの一歩
2021年4月15日
三日坊主の達人

 誰だったかは忘れたが、その人はこう断言した。
「禁煙なんて簡単だ」
 さらにその人は、自慢げに続けた。
「俺なんて今までに三十回は禁煙始めてるぞ」
 このように、初めの一歩を踏み出すことなんて、すごくも何でもない。「三日坊主」という言葉のとおり、三歩目、四歩目、五歩目と歩き続け、挫折せずに継続していくことが何より難しい。
 僕は面倒くさがりなのであらゆることに挫折しているが、特に筋トレの習慣化には百回以上失敗している。その間、毎日続けられるための工夫として、チェックリストを作成して筋トレをした日に○をつけるようにしたり、スポーツ系雑誌『Tarzan』の筋トレ特集号を買ってモチベーションを高めたり、お金を払えば続けられるかもしれないと思ってジムの会員になったこともある。だけどどれもダメだった。チェックリストは空欄が続くと逆にやる気を失ってしまったし、『Tarzan』はトレーニングのやり方を覚えるのが面倒でろくに読まず、ジムも行くのが億劫になって三カ月で退会した。最近は『科学的に正しい筋トレ 最強の教科書』という本を買った。この本には「これが、科学的に正しい筋トレの続け方だ!」という章があり、これこそ僕が求めていた情報だと興奮したのだが、結局いつもどおり筋トレを習慣にすることはできなかった。最新の科学の知見を持ってしても、僕の意志の弱さを打ち破ることはできなかった。いったい科学界は何をしているのだろう。もっと努力してほしいものである。
 高校時代、定期テストの時期が近づくと、いつもテスト勉強の詳細な計画を立てていた。もちろん、最後まで計画どおりに事が運んだことはただの一度もない。勉強は大いに遅れ、結局テストの一、二日前になってから必死に知識を頭に詰め込み、テストを乗り切った。だから暗記科目には強かったけど、反復練習の必要な数学はいつも点が悪かった。
 一年前に三日坊主で終わったものの、いつか再開したいと思っているのが「高速音読」だ。これは、言葉のとおり、文章をできるだけ早いスピードで音読するというものである。ネットの情報によると、これを日常的に行うことで、頭の回転が早くなり、滑舌がよくなり、人と話す際に自分が言いたい言葉がすらすらと出てくるようになるらしい。会話の際に言葉がスムーズに出てこないせいで自分の思いをうまく伝えられず、話し終えてしばらくしてからようやく「あのときこういう風に言えばよかったのか」と気づいて地団駄を踏むことが多い自分にとって、高速音読の効能はとてつもなく魅力的だった。調べた範囲では科学的根拠の有無がはっきりせず、そこが引っかかりはするのだが、音読するだけならタダなので本当に効果があるかどうかは試してみればいい。そう思って始めたのだが、一週間も持たなかった。
 これは原因ははっきりしていて、音読しているところを妻に聞かれるのが恥ずかしいのだ。小学生が宿題でやるのなら健気でいいのだが、四十近い大人が毎日家で文章を声に出して読んでいる姿なんて、人に見せたくない。妻のいない隙にこっそりやるとなるとなかなかタイミングを作るのが難しく、習慣化することはできなかった。
 あらゆることを三日で挫折する中で、懲りずに今年から新たに始めたのが、日記を書くことだ。年末になるとさまざまなタイプの日記帳が書店で売り出されているが、その中で僕が目に留めたのが、2021年から2030年まで、十年分の記入欄が用意された日記帳だった。十年間の出来事を書き記していけば、後で読み返すのがすごく楽しいだろうな、と思い、「どうせ一カ月も持たねえよ」と頭の片隅でささやく声を無視してレジへ運んだ。
 あれから三カ月、意外にも、一日も途切れることなく日記を書き続けている。十年分の日記を一冊でまとめているので、一日の記入欄が三行しか用意されていない。おかげで書くのが楽なのだ。何の変哲もない一日でも、三行で済ませるのであれば何かしら書くことはある。日記帳を枕元に置き、寝る前に一分で日記を書き終えてから電気を消す。そんな流れができあがっている。
 これまでの人生で前例の少ない事態に、とても喜んでいる。この調子で日記を続けていきたいし、願わくば音読と筋トレも……といきたいところだけど、あまり欲張ると共倒れになりかねないので、まずは日記を書き続けることを確実に習慣化していきたい。


著者プロフィール

近況:
冒頭で触れた禁煙について、僕は一日に1、2本だけ吸う習慣が長年続いていたのですが、最近タバコ葉の代わりに茶葉を使用した「NICONON」という商品を買い始めました。今のところ、タバコの代用品としての役割を十分に果たしてくれています。

大石大(おおいし・だい)
1984年秋田県生まれ。法政大学社会学部卒業。現在は公務員。『シャガクに訊け!』で第22回ボイルドエッグズ新人賞を受賞(2019年2月1日発表)。競争入札の結果、受賞作は光文社が落札し、2019年10月刊行された。2020年4月末、コロナ禍の中、第2作を脱稿。『いつかまたこの店で、失った恋の謎解きを』のタイトルで、「小説推理」9月号(7/27発売/双葉社)より連載開始。9月号掲載の第一話は「CHE.R.RY」。10月号掲載の第二話は「フライングゲット」。11月号掲載の第三話は「天体観測」。12月号掲載の第四話は「First Love」。2021年1月号掲載の第五話は「Hello,Again~昔からある場所~」。「小説宝石」12月号(11/21発売/光文社)に短篇「バビップとケーブブ」が掲載。「小説推理」2月号掲載の『いつかまたこの店で、失った恋の謎解きを』第六話は「恋」(最終回)。連載は2021年5月、双葉社より単行本として刊行予定。

☞ 小説推理2021年2月号(12/26発売/双葉社)
☞ 小説宝石2020年12月号(11/21発売/光文社)
☞ Amazon > 大石大『シャガクに訊け!』(光文社)

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