医者の卵のかえらない日々
坪田侑也
第1回 初日ですが特別編
2023.04.03
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二月二十六日 初日ですが特別編
 二月二十六日といえば、元日とかクリスマスとかバレンタインとか、そういう殿堂入りの連中に比べたら当然劣るけど、でも義務教育を受けているから、一年の中で比較的印象に残りやすい日付ではある。少なくとも山の日(いつだっけ? 八月のどっか?)みたいなマイナー祝日よりは、日付の持つインパクトは強い。
 そんな今日、二月二十六日は、自己紹介の日でもある。いま僕が決めた。勝手ながら決めさせてもらった。となると、自己紹介をしなければならない。本当はこういう日記エッセイに、読者の方に向けた自己紹介なんてそぐわないのかもしれないけど、どうしたって僕が何者なのかという疑問はつきまとうだろうから、書いておきたい。初日ですが特別編ということで、ご容赦いただければと思います。
 初めまして。坪田侑也です。僕は第二十一回ボイルドエッグズ新人賞を受賞させていただきまして、二〇一九年三月にデビュー作『探偵はぼっちじゃない』(KADOKAWA)を、二〇二二年七月にはその文庫版を上梓しました。二人の中学生と二人の中学教師を主人公にした小説です。
 その文庫のあとがきにも書いたのですが、受賞してからの期間は、ちょうど僕の中学卒業から大学入学までに被っていて、現在は都内の私大医学部に通っています。昨日、二年生最後の試験が終わったので、まもなく三年に進級できるはずです(成績が壊滅的でなければ)。あまり大きな声では言えないけど、医学の勉強に真剣になるのは試験直前一週間くらいで、普段はもっぱら大学か家の近くのカフェで小説を書いています。そろそろ新作出したいんです。で、あとの空いた時間は小説読んで、映画見て、ラジオ聴いて、バレーボールして、という日々を送り、気づけば大学生活も二年が過ぎていました。月日経つの早すぎ。
 とはいえ医学部は六年制なので、まだこれからの学生生活は長く、医者になるのも遠い未来の話です。まだ遠い先というのは、気楽なものです。でも同時に、寄る辺ない感覚にもさせられます。暗くはないが、特別明るくもない海を、方角だけ定めてゆらゆら漂流しているような。
 そんな僕の毎日の記録に、月に一度お付き合いいただけたら幸いです。たくさん読んでほしいー、と思いながら書いていきます。
 自己紹介はこれくらい。ちなみに興味が湧いたので「自己紹介 記念日」でググってみたら、そういう記念日は制定されていないようで、代わりに「Twitterの自己紹介欄に付き合った記念日を書いたり、彼氏の紹介書いたりする女が苦手なんですけど」みたいな知恵袋がヒットしました。
 
二月二十七日 すずめの戸締まり
 映画「すずめの戸締まり」を観た。いまさら、観た。観に行こうとずっと思ってはいたのだが、成人式だったり原稿の締め切りだったり試験だったりで、機会を逃し続けていた。ようやく行けたが、もちろん一人。公開から十五週くらい経っているから誘いづらいし、それにそもそも、映画を誰かと一緒に見に行くという習慣自体、いつの間にかなくなっていた。
 上映中、一席空けて隣に座る、カップルの女性の方がときどき目元に手をやっていて、その仕草は目をかいているのか、泣いているのかどっちだろう、どっちとも判断できないなと、頭の片隅で気にしながら、二時間が過ぎた。
 同じ新海誠監督の「君の名は。」は、たしか僕が中二のころの映画だ。中学のクラスメイト四人くらいで、横浜のセンター南の映画館で観た覚えがある。精密に描かれた東京の風景と意外なストーリー展開が当時の僕には新鮮で、こんな映画あるんだ、と結構感動した。映画館を出てから、一緒に見た友達の一人が展開の意味がわからなかったと言い出して、他の三人で笑いながら説明した記憶もうっすらある。そのあとはよく覚えてないけど、サイゼリヤで駄弁りながら飯を食って、近くの公園でちょっと遊んで、解散してからは、センター南は中学には近かったが家からは遠かったから、横浜市営地下鉄にしばらく揺られながらぼうっとして、みたいな感じだったはずだ。
「すずめの戸締まり」を観終えて、エスカレーターを降りていると、後ろに立つ二人組の声が聞こえてきた。中学生か、高一くらいの二人で、俺は「君の名は。」の方が好きだったな、いやーわかるけど今回のも割とよくね? まあ割とよかったのは認める、というような会話を交わしていた。頭の中で、一丁前に批評や分析を捏ねくりまわしていた僕は、ハッとさせられたあと、マスクの下でちょっとにやけた。
「すずめの戸締まり」以外にも、見損ねている映画がたくさんある。上映が終わってしまった作品も少なくないけど、しぶとく残っているものもあるから(「RRR」とか)、とにかく早く観たい。この春休みはそこそこ時間あるし。
 まあなに観るにせよ、もちろん次も一人だ。
 
三月二日 部活のこと
 前の二日を見て気づいたけど、たぶん、いや絶対書きすぎてる。三月分の原稿で、まだ三月にも入ってないのに。
 なので、今日はとことん日記らしく書きます。
 朝。池袋のグランドシネマサンシャインで「RRR」を観る。朝イチの回だったから座席はがらがら。スクリーンも巨大だし、朝が早い(八時半開始。一限より早いじゃん)ことだけ除けば、最高の環境の中、一瞬も飽きることなく画面に釘付けになった。胸が熱くなる展開と細部へのこだわり、そして「余計なことは考えるな、全細胞で感じろ」的なアクションシーンに殴り倒された三時間だった。素晴らしいエンタメだ。
 昼。池袋の鶏出汁のラーメン屋でつけ麺を食べてから、家庭教師のバイトのため渋谷へ。時間が微妙に空いたので、ヒカリエのベンチで三十分ほど居眠りをした。大学生になってから、すっかり朝早いのが苦手になってしまった。
 夕方。部活のミーティングと練習。大会前なので、いつもより緊張感がある。次の大会が終われば、新歓期間だ。どんな新入生が入ってくるか楽しみなのと同時に、新歓期間の仕事量にちょっとうんざりする。
 わかってる。もちろん書く。部活についてなにも説明せず、練習が終わって家に帰って寝ました、では今日の日記は終えられない。さすがに不親切だ。長くなるのは嫌だけど、こればっかりは仕方ない。うん、書こう。
 医療系学部には外からは見えづらい独自の文化がいろいろあって、その代表的なものが「部活」だ。弊学では(他の大学でもそうなのかもしれないが)、「医学部体育会」と呼ばれる。要は、医学部生だけで構成された運動部があるのだ(部によっては他の医療系学部も入部できるけど)。弊学では学年の八割ほどがなんらかの部に所属している。野球部とかサッカー部とか水泳部とか、もう普通に、高校みたいな感じだ。練習は週三回とか二回とか。熱心な部だと、週四、五で練習したりする。そういう運動部がどの医療系大学にもあるのだ。そして、大学同士で試合をする。「東日本医科学生総合体育大会」、通称「東医体」というのが毎夏開催される、一番大きな大会で、いまWikipediaで調べたところ、八十年近い歴史があるらしい。去年と一昨年は例の感染症のせいで、ほとんどの競技の東医体が開催されず、僕もまだ参加したことがないが、聞くところによると相当盛り上がるイベントなのだという。
 こうして書くと、改めて不思議な文化だなと思う。医学を学ぶために必死に勉強して入った医大で、今度はスポーツに精を出す。受験勉強のせいで部活に打ち込めなかった高校時代を取り返すため、とか、医者としての心身や組織運営を学ぶため、とか、膨大な勉強量に立ち向かう仲間を作るため、とか、いろいろ意義は見出せるけど、それにしても不思議だ。偉大な研究成果でニュースに取り上げられるような教授も、僕の怪我を診てくれる街の整形外科の先生も、みんな医学生時代はなにかしらのスポーツに打ち込んでいたのだ。
 とはいえ部活にどれだけ注力するかは、大学によっても、部によっても、人によっても当然違う。弊学はかつて部活に強い大学と言われてきたらしいが、試合も練習も出来ないコロナ禍を経て、部活へのモチベーションが全体的に低下している、と言われている。今後部活の文化がどうなっていくのか、まったく想像つかない。
 書き忘れていたけど、僕はそんな医学部体育会の、バレーボール部に所属している。

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著者プロフィール

坪田侑也(つぼた・ゆうや)
2002年東京都生まれ。現在、都内の私立大学医学部在学。2018年、中学3年生のときに書いた『探偵はぼっちじゃない』で第21回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。『探偵はぼっちじゃない』は2019年、KADOKAWAより単行本として刊行された。2022年、角川文庫。

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