医者の卵のかえらない日々
坪田侑也
第2回 春眠に始まり寝不足に終わる
2023.05.01

四月五日 ビラ配り
 医学部バレー部の新歓活動で弊学の大きい方のキャンパスに行った。S町ではなく、他学部の校舎のある郊外のキャンパスで、新入生とそれを狙うサークル員がわんさかいた。僕もその集団の一部となり、十八か十九歳の後輩たちに声をかけ続けた。ビラを配り続けた。結果、喉が死んだ。無視されたり、邪険に扱われたりするたび、精神も緩やかに死んでいく。
 
四月八日 チケット取れなかった
 正月に、「今年の目標」なんていう殊勝なことはできないからせめてと思って「今年やりたいこと」のリストを作った。その項目の一つに「ダウ90000の単独ライブに行くこと」があった。ダウ90000というのは八人組のコントユニットで、主宰の蓮見さんは最近がんがんテレビにも出ている。僕の一番好きな番組「あちこちオードリー」にもこの前出ていた。そして彼らのネタをユーチューブで見て惚れ込んで以来、ずっと単独ライブに行きたいと思っていたのだ。今日がそのチケットの発売日だった。十九時ぴったりに発売で、しかしちょうど部活の新入生向け説明会の時間と被っていたからなんとか合間の時間にチケット購入できないかとカレンダーに書き込んで、リマインドアプリで通知もオンにして備え、でも結局説明会の合間に身体が空いたのは十九時十五分。いやいけるはず、急げ急げ、とチケットぴあを開いた。「予定枚数終了」。即完かよ……。
 
四月十三日 小休止の木曜日
 新入生が実際に練習を体験しにくるようになって、脳と精神の普段は使わない部分が酷使され、ここ数日はまったく日記も書けないし、小説も読めなかった。今日やっと小休止。ふいい。午前中の授業はZOOMで、音量を小さくした状態で終盤に差しかかっていた米澤穂信『Iの悲劇』を読み切る。それから午後は新作の原稿作業のために、散歩がてら三十分くらい歩いた先にあるスターバックスに行く。作業に取り掛かる前に、気持ちを整理、というか、平坦にするべく、出がけに本棚から適当に取ってきた文庫本の冒頭を読む。村田沙耶香『地球星人』。そのまま、スタバの固い椅子に座って数時間読みふけってしまった。読了。半日で本を読み切ったのなんて、いつ以来だろう。原稿は進まず、ぼんやりとした疲労感を抱えてまた三十分歩いて帰る。
 
四月十五日 メモ
 iCloudの古いメモに「東京03の単独ライブのタイトルみたいなことを言うな」と書いてあった。2018年の僕は、使えそうな喩えだと思ってメモっていたらしい。使えるかい。
 
四月二十四日 試験終わり
 はい、かなり期間が空いてしまいました。今月ずっと書いてきたようにしばらく新歓で忙しかったせいと、あと今日病理学の試験があったのだ。二日前から病気の名前を頭に詰め込めるだけ詰め込んだ。クッシング症候群、全身性エリテマトーデス、潰瘍性大腸炎、COPD、GIST、NASH。丸暗記しているときはいつも、縁まで満たされたコップのイメージを抱く。なにかの拍子とかちょっとした刺激で、こぼれ落ちそうな気がして、だから試験会場に行く道中はちょっと緊張する。電車の中吊り広告とかを読んでしまうと、その分暗記した病名が頭から追い出されるようで怖くなる。
 答案用紙を一時間ぐらいで埋めたので、試験は途中退出した。選択肢の問題は勘で書いたものもある。だから受かっていても驚かないし、合格点に届かず落ちていても驚かない、微妙な手応えだ。二日前から勉強を始めたのだから当然だけど。
 キャンパスからちょっと離れたところにあるラーメン屋で昼を済ませてから、S宿御苑に行った。財布には年間パスポート、鞄にはブルーシート。いい感じの芝生を見つけ、ブルーシートを広げて一眠り。実を言えば、睡眠環境としてはあんまりよくない。芝生は平坦に見えてごつごつしているし、虫も飛んでくるし、風は吹くし、であんまり気持ちよく寝られたためしがない。特に今日は寒かったし。まあ足を伸ばして寝転んで、目をつむるだけで違うものだ。一時間くらいでのっそり起き出し、今度は代々木のスターバックスで小説の原稿作業をする。するつもりだったのだが、舞城王太郎『煙か土か食い物』の読了を優先してしまった。文体に影響されて、ヘイヘイヘイヘイ!な気分になる。その気分のまま、渋谷に移動して高校時代の友達と飲んだ。高校の思い出と大学の愚痴。大学のクラスで友達ができないという現状報告、もとい傷の舐め合いをする。酒を飲む。歌を歌う。長い一日は終電で終わった。
 
四月二十七日 はたして厄介ジジイなのか
 部活の後輩とラインで連絡を取っているときおやと思うことがある。そこに「笑」つけるか? 「てか」から始まるラインを先輩に送るか? 返事を「了解です」ではなくスタンプやリアクションで済ませてしまうか? みたいな。気になるし注意しようかと思うけど、そんなことしたら厄介ジジイかもなあ俺、と思ってしまう。令和スマートボーイは「みんなで仲良くやろうぜ。上下関係なんて非合理だろ?」と言って爽やかに笑ってみせるものなのかもしれない。実際僕以外は、殊更に気にしてないみたいだし。

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著者プロフィール

坪田侑也(つぼた・ゆうや)
2002年東京都生まれ。現在、都内の私立大学医学部在学。2018年、中学3年生のときに書いた『探偵はぼっちじゃない』で第21回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。『探偵はぼっちじゃない』は2019年、KADOKAWAより単行本として刊行された。2022年、角川文庫。

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