医者の卵のかえらない日々
坪田侑也
第14回 シンガッキ!
2024.5.06
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四月二日 いざ新歓
 九時起床。新学期が始まった。が、新学期早々、僕が向かったのは弊学医学部キャンパスではなく、別のキャンパス。四月の風物詩、新歓活動だ。お昼過ぎまで、新入生らしい人を見つけて声をかけてビラを配って、興味ないですとスルーされるか、ちょっと聞いてくれるか、その反応の違いに一喜一憂しながら、医学部バレー部のマネージャー探しに奔走する。配りまくり、喋りまくり、ただひたすらに疲れる。
 ただ今日この横浜くんだりまで馳せ参じたのは、ビラを配るためだけではない。ビラ配りが落ち着いたタイミングでそっと抜け出し、生協食堂へ。注文の列に並ぶが、別に昼飯を求めているわけではない。お目当ては料理を載せるトレイ。ありました。『八秒で跳べ』のシール広告がたしかに貼られていました。記念に写真を撮り、それから席の間を歩き回ってみる。体感、三分の一くらいの学生が僕の新作の広告の上でカレーやうどんやトンカツを食べていた。コップが僕の顔の上に鎮座していたり、割り箸が僕の頭を貫いていたり、ひどい例だと上下反対向きに使っている奴もいる。みな食事とお喋りに夢中で、トレイの広告なんて気に留めていないようだ。注目されるのも恥ずかしいのでどこか安心。でもやっぱり気にしてほしいという思いもある。
 
四月三日 講義
 朝七時半起床。朝食を素早くかきこんでから、キャンパスへ。一限、整形外科学の総論。教授による、日本の高齢化問題とそれに伴い膨らむ整形外科の重要性の講義。さらに従来の医療が十分に介入できていなかった「予防医学」について、DXなども絡めた今後の展望をお話しいただいた。どうしたら健康寿命を伸ばすことができるのか。これは昨夏、僕が北海道稚内市で実習を行った際にも直面した、非常に難しい課題である。
 二限、整形外科学の各論。本講義は手について。へバーデン結節など聞き馴染みのある疾患も登場。一年次の解剖の知識が薄れていることを実感。
 昼食は友人とキャンパス近くの定食屋へ。弊学キャンパス周辺には食事処が少なく、どこも昼時には混雑するため、三限開始に間に合うのか冷や冷やする。なんとか無事、三限開始数分前には教室に戻ることができた。
 三限、麻酔科学総論。午前中の整形外科学もそうだが、四年になると三年次の内科や外科などとは異なる、専門領域の授業が多くなり、興味深い。ただこの授業はどういうわけか、早く終わった。十四時過ぎには解放。久しぶりに会った友人と近況報告のために、一時間ほど近くのカフェで喋る。
 以上、医大生らしい一日。これだけ対面授業がある日はめずらしいんだけど。
 
四月五日 また新歓
 四月の前半は新歓活動ばかり。朝九時ごろ家を出て、湘南新宿ラインに乗って、湘南にあるキャンパスへ。今日もビラを配る。腕いっぱいにビラを抱えた新入生に声をかけ、その腕の中に弊部のビラも加えさせていただく。しかし毎年のことだが、新入生より在学生の方が多い。だんだん新入生が見つからなくなってきて、みんな飽きてきて、在学生同士でビラの交換を始めたりする。四年からでも入れますよ、なんて冗談を言ったりする。
 夕方都内に戻って、今度は新入生向けの体験練習。上手いプレイは褒める。ミスをしても褒める。とにかく声を枯らして、褒め、持ち上げ、また褒める。
 家に帰る頃にはぐったりしていた。普段はそんなことしないのに、帰宅後缶ビールを一本空けた。

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著者プロフィール

坪田侑也(つぼた・ゆうや)
2002年東京都生まれ。現在、都内の私立大学医学部在学。2018年、中学3年生のときに書いた『探偵はぼっちじゃない』で第21回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。『探偵はぼっちじゃない』は2019年、KADOKAWAより単行本として刊行された。2022年、角川文庫。2023年5月、第2作となる長篇を脱稿。この第2作は『八秒で跳べ』として、2024年2月、文藝春秋より刊行。

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