第15回ボイルドエッグズ新人賞発表!
2013年2月25日

第15回ボイルドエッグズ新人賞受賞

あしみじおじさん
尾﨑英子

(エントリーNo.22)

作品内容:
近所の神社に、人差し指サイズの、白いランニングに白いパッチ姿のおじさんがいた――中学2年で同じクラスだった三人の女性。その中の一人が、十数年ぶりに開かれたクラス会で、とても現実とは思えない不思議な話を披露した。そのときから、三人の止まっていた生の歯車が、ぎしりと回り出す。人生に立ちすくむ28歳女性の今を、彼女たちに寄り添う筆致で鮮烈に描く本格的才能による感動のデビュー作。

著者紹介:尾﨑英子(おざき・えいこ)
1978年生まれ。大阪府出身。早稲田大学教育学部国語国文科卒。フリーライター。東京都在住。
第15回ボイルドエッグズ新人賞受賞

バージン・ロードをまっしぐら
鈴木多郎

(エントリーNo.49)

作品内容:
石岡基気38歳独身職なしは今日も元気だ。早起きして、目指すは白衣のエンジェルたち。お金とナース目当てで治験に参加しているのだ。右手にしびれがあることに気づき、治験の副作用かと青くなるが、憧れの女性看護師マキちゃんに会えることを思えば、そんな心配ごとは二の次だ。問題は会話ができるかどうか、だが……。いわゆるコミュ障の38歳独身男の妄想と心理を冷徹な眼差しで描く笑撃のデビュー作。

著者紹介:鈴木多郎(すずき・たろう)
1979年生まれ。東京都出身。明治大学文学部卒。保険業界に就職するも、すぐに退職。その後は、塾、倉庫、レストラン、スタジアムなどの職場を転々。惨めなフリーターでの経験を活かそうと、小説を書き始める。

選考過程
1 第15回ボイルドエッグズ新人賞には、総数80作品のエントリーがありました。⇒第15回エントリー作品
2 慎重な検討の結果、最終的に、尾﨑英子『あしみじおじさん』と鈴木多郎『バージン・ロードをまっしぐら』の2作が受賞となりました。受賞作は改稿の上、大手出版社6社が参加する競争入札にかけられます。結果が出るのは約3カ月後の予定です。

第15回ボイルドエッグズ新人賞講評   村上達朗

 今回は最後に2作を残し、そのどちらにするかでずいぶん迷いました。最終的に2作受賞としたのは、ここでどちらかを捨てると、才能の芽を摘んでしまうことになるのではないかと恐れたからです。ボイルドエッグズが目指しているのは才能の発掘であり、長年それに携わる身として感じることは、文章を大事にできる人、文章の善し悪しに目配りの利く人が、伸びていくということです。構想やアイディアだけではいつまでも保たず、作品の出来を越えて読者の心に響き残るのは、結局は文章のもつ魅力、味なのです。その意味で、今回の二つの受賞作の文章は甲乙つけがたく、また捨てるに忍びない魅力をもっていました。受賞者二人には、これを機に、さらに文章に磨きをかけ大成してもらいたいと思います。まずは、受賞おめでとうございます。

 尾崎英子氏の『あしみじおじさん』は、前回の応募作『小さいおやじ』を改稿した作品です。前回(第14回ボイルドエッグズ新人賞講評参照)は「文章の良さは応募作の中でピカイチ」だが、欠点が三つあると書きました。一つは女性三人の生の交わりが弱いこと、二つは三人の物語と「小さいおじさん」現象とが結びつく意味がとくにないこと、三つは「小さいおじさん」の設定の作り込みがやや弱いことでした。改稿ではそれらの欠点が解消され、かつ連作形式をやめ、より長篇らしい構成に改められています。しっとりした文章でそれぞれに悩みや問題を抱えた28歳の女性たちの生が語られます。この女性たちは同じ中学の同級生で、何年かぶりに開かれたクラス会で再会します。そのときに一人の女性が近所の神社で「十センチほどの小さいおじさん」を見たと話したときから、止まっていた生の歯車がぎしりと回り出すのです。「28歳」という、女性にとって難しい年代の姿が、寄り添うように、ときには意外性をもって描かれていきます。生きることについて何も知らなかった中学生のときから、どれほど遠くに来てしまったことか。その戸惑う心情の描写は切なく、多くの女性読者の共感を呼ぶことでしょう。「小さいおじさん」の設定をさらに作り込み、細かいエピソードを手直しして完成稿とし、入札にかけます。

 受賞のもう1作、鈴木多郎氏『バージン・ロードをまっしぐら』。こちらは38歳独身、職なし(本人はフリーターと称している)男の妄想と心理を面白おかしく描いた作品です。痛すぎる男なのですが、そのことに当人がまったく気づいていないところがさらに痛く、笑わせます。主人公はいまで言う「コミュニケーション障害」(コミュ障)なのだと思いますが、そういった新奇なくくり言葉に安直に当てはめず、痛い主人公をとことん追いつめています。小説はいつの時代でもそのときどきの「典型」を描くことが使命の一つだと思いますが、ここではいまの時代の典型が描かれていると同時に、いつの時代にもある「ある時期の若者の心理」を描くことに成功しつつあると感じました。38歳はむろん若者とは言えない歳ですが、「38なのに若者」であるところがこの主人公の悲劇であり(笑)、そこに「いまの時代の真実」があるようにも思います。物語後半の展開がややパターン化しているのと、主人公にどう変化をもたらすかに課題があり、そのあたりを改稿した上で完成稿とし、こちらも入札にかけます。

 大庭影郎氏『二十一歳の夏、俺はルンバにゴミと間違われた』も『バージン・ロードをまっしぐら』に似た「コミュ障」の男子大学生を主人公とした作品で、受賞作とするかどうか、しばし迷いました。タイトルがすばらしく(笑)、文章も非常にうまい。この歳(作者も21歳)でこれだけ完成された文章、文体で小説が書けるのはただならぬ才能だと思いました。ただ、俺様キャラの主人公があまりに無神経で、途中で感情移入しにくくなるのと、同じゼミの女の子がステロタイプというか、「こんな女性は現実にいないよ」とツッコミが入りそうなキャラに描かれているのが残念でした。内容については、先に直木賞を受賞した朝井リョウの『何者』が出たあとでは、大学生の描き方に「大人と子ども」くらいのひらきがあると言わざるを得ません。今回は残念でしたが、主人公以外の他者をどう描くかと、(意外性ということも含め)物語をどう展開させるかに挑戦しながら、今後もぜひ書き続けていってほしいと思います。

 瀬川浩代氏『ハレラボ』はとくに前半を面白く読みました。我が身の幸せにきわめて貪欲な32歳の女性(通称「セリーナ」)が大学時代の気の合う仲間に誘われて、なにやら得体の知れない仕事につくという話で、女性キャラも文章も面白く、こうしたバカバカしくも陽気な(バブル時代の日本への憧れを感じさせる)小説は、小生は嫌いではありません。「ハレの日コンシェルジュ」なる仕事のコンセプトも悪くはないと思いますが、問題はその仕事内容で、「その人に合ったハレの日を探してあげる」というのではいかにも弱い。また、登場人物全員が同じ傾向のキャラでは、物語に変化も葛藤も生まれず、せっかくの陽気さも色褪せてしまいます。小説作りにおいて、描きたいものを際立たせるためには、対立するコンセプトや人物を配置することが大事なので、作者にはその点を理解してほしいと思います。

 野々上いり子氏の『地獄組』は力作でした。タイトルからしてヤクザの話かと思いきや、「地獄組」とは一度組んだらバレない格子の組み方のことで、そのことから、指物師の世界で生きる兄と弟との離れようとしても離れられない、愛憎半ばする関係を暗示するのです。このモチーフはすばらしいと思いましたが、読み進むにつれて、指物師の世界から弟が出入りする喫茶店の夫婦の話にシフトしてしまうのが惜しい。また、主人公である弟に魅力が乏しく、兄のキャラもいまひとつはっきりせず、結果、なにをどう描きたかったのかがあいまいのまま物語が終わってしまいます。以前、野々上いり子氏の応募作で大阪弁の使い方を褒めたことがあるのですが、今回の大阪弁は、誰が話しているのかがわかりにくく、読むのに疲れました。方言の使用は手っ取り早く雰囲気を出すのに効果的ですが、意味や内容をストレスなく読者に伝えるのには難があると小生は考えます。とくに作家志望者、新人のうちは、小説の会話はやはり標準語で書くことが望ましいと、あらためて思いました。

 今回の講評は以上とします。この先、わが国出版界始まって以来の試みが待っています。1、2カ月かけて受賞作を改稿し、その後の入札で出版社から手が挙がるかどうか。小生も受賞者もドキドキしながら改稿作業に入りますが、結果はあらためて報告します。しばしお待ちください。



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