第12回ボイルドエッグズ新人賞
受賞の言葉
徳永 圭

 受賞の連絡を受けたとき、私は「ダンシング・クイーン」を踊っていた。
 誰もが一度は耳にしたことがあるであろう、あの伝説的ポップグループ、アバのヒットナンバーである。眼前のテレビ画面には、エンドレスで流れる「マンマ・ミーア」。有り体に言えば、来たる友人の結婚式を盛り上げるべく、余興担当メンバーが集まり鋭意練習を行なっていたのである。
 そんなとき、私の携帯電話が鳴った。画面に表示された見知らぬ電話番号に、首をかしげながら電話に出る。回線の向こうから聞こえた声の主は——ボイルドエッグズの村上代表、その人だった。
 まさか受賞できるとは微塵も思っていなかった私は(むしろ応募が完了した時点でひと仕事終えた気満々になっていた)、練習を続行する友人たちを横目に、しどろもどろになりながら部屋の隅に移動した。気分はもう、突如家の壁を突き破ってディ○ニーのパレードが乗り込んできて、ネズミや黄色いクマとともにあれよあれよと壇上に担ぎ上げられてしまった感じだ。あまりの衝撃と緊張に、何を口走ったものやら記憶が怪しい。
 思えば物心がついた頃から、自分の中に物語の種が存在するのを感じていた。小学校入学前後には、所持していた数々のぬいぐるみをキャラクターとする一大エンターテインメント作品を作り上げ、弟相手に半ば強制的に語り聞かせていた。学生生活の中で、その創作欲を掌編や漫画という形で出力したこともあったけれども、就職して忙しくなるにつれ余裕を失い、数年間の潜伏期間に突入することとなった。
 そして迎えた、二十六歳の秋。すっかりなりを潜めたかに思われた〝創作菌〟は、仕事が少し落ち着いたのをいいことに、またしても私の体内で暴れ始めた。
 しかし、何かやってみるか、と思ったところで、手元には何もない。画材はすべて処分してしまったし、イチから揃えるにも元手がかかる……。私は思案した。——そうだ、パソコンがあるじゃないか!
 そんな極めて浅はかな考えで、私はちまちまとキーボードを叩き始めた。とはいえ、もちろん良い文章というものは、私のような未熟者には易々と捕まってはくれない。大変なものに足をつっこんでしまった、と心の片隅で戦々恐々としつつ、ここに私の五里霧中な試行錯誤が始まるのであった。
 パソコンに向かい合ってから一年半。生涯初めて仕上げた長編小説で、よもやこんなところまでたどり着くことができるとは、予想もしていなかった。
 水面下でもぞもぞと動いている私をあたたかく見守ってくれた家族、友人たち。そしてなにより、このような栄誉ある賞をくださった村上代表に、心から感謝いたします。
「ダンシング・クイーン」のような、歴史的作品にならなくてもいい。
 私の紡ぎ出す物語が、どこかの誰かのひとときを一瞬でも彩ってくれることを切に願い、今後も鍛錬を重ねる所存である。
 どうもありがとうございました。

著者プロフィール

徳永圭(とくなが・けい)
1982年生まれ。京都大学総合人間学部卒。メーカー等に勤めた後、現在無職。趣味は旅行、温泉。名古屋市在住。初めて書いた長編小説『をとめ模様、スパイ日和』が、見事第12回ボイルドエッグズ新人賞に輝いた。

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