医者の卵のかえらない日々
坪田侑也
第13回 とある数字の日々
2024.4.01

三月六日 肉まんじゃないなにか
 十二時すぎ、渋谷着。今日はNHKラジオの収録があった。現在進行形で深夜ラジオのリスナーなので、ラジオには強烈な憧れがある。話が来たときは、すごく嬉しかった。NHKラジオも小学生のころ、ラジオ基礎英語でお世話になった。
 NHKラジオのブースへ。とにかく眺めがいい。代々木公園と明治神宮とその向こうの新宿のビル群が一望できた。東京の景色って、高いところから眺めるなら曇り空の方が合っている気がする。からっと晴れた健康的な青空より、不穏な感じのする曇天の方が東京らしい。そしてミキサーやカフにもテンションが上がる。ただそれを上回るくらい緊張していた。いま思えば、写真とか撮らせてもらえばよかった。
 収録は滞りなく終了。そのまま直帰せず、弊学キャンパスに寄って、自習ルームで原稿を書く。本当は筋トレもしようかと思っていたのだが、やる気が出ず。
 十八時ごろ、腹が減って弊学キャンパス近くのファミマで購入した「こんがりビストロまん とろーりチーズカレー味」税込168円。
 
三月八日 手札
 弊学の、医学部ではないキャンパスへ。推理小説研究会の活動に久しぶりに参加。例会主催。対面で例会をするのは初めてだ。嘘だろって気分。今回課題作には、最近文春文庫で新装版が出版された、東川篤哉『もう誘拐なんてしない』を選んだ。小学生のころに読んだ記憶があって、再読だった。えてして、そういう再読ってかつての幻想が壊れてしまうことが多いんだけど、今作はそんなことなく存分に楽しめた。作品の力はたしかなものだった。
 サークルメンバーで感想を述べ合ったのち、一人が大富豪をやろうと言い出した。二戦やって、結果僕は貧民と大貧民。もっと頭を使って、戦えばよかった。最後の一戦で僕の手札に残っていたのは、「ハートの2」と「ダイヤの8」(なお革命中だった)。
 
三月九日 誕生日プレゼント
 昨日、鳥山明さんが亡くなったというニュースを見た。
 小学校低学年ごろまで通っていたピアノ教室に『ドラゴンボール』の漫画が揃っていて、レッスンの始まる三十分くらい前に行って、よく読んでいた。たしかそこでセルゲーム編くらいまで読んだ。でも記憶に強烈に残っているのは序盤の方だ。占いババ編とか。ヤムチャと透明人間のバトルで姿の見えない相手にヤムチャが苦戦していたとき、観戦していたクリリンがブルマの服を亀仙人の前で脱がせて、亀仙人が噴き出した鼻血を透明人間の全身にかけて見えるようにする、というというシーンがあって、そんなのありかよ、と爆笑したのをよく憶えている。いまでも、というか、いまだからこそ、そんなのありかよってより強く思う。
 そして「ドラゴンクエスト」。こっちの方が、僕の少年期との関わりは密接だ。人生で一番好きなゲームだと、胸を張って言える。モンスターズ(勇者とかではなく、モンスターを育てて戦う方)の「ジョーカー」シリーズから入って、「テリーのワンダーランド」や「イルとルカの不思議な鍵」は親の目を盗んで、ずっと遊んでいた。特に「テリー」の方は、地元の野球チームの仲間でも流行っていた。「JOKER」というモンスターを作り出すためにどういう順番でモンスターを配合していけばいいのか、紙に書いたりしたことを覚えている。王道のナンバリングタイトルには、「9」をプレイする父親のゲーム画面を覗き込みながらずっと憧れていて、小学校の高学年の頃についに始めた。最初は「7」、次に「8」、その後中学生になってから「11」をプレイした。たぶん「11」が一番プレイ時間が長いと思う。裏ボスを楽に倒せるくらいにはやりこんでいた。「5」もスマートフォン版でプレイして、結婚相手には迷わずビアンカを選んだ。でも実はまだラスボスのミルドラースを倒せていない。仇敵ゲマは倒せたんだけど、それから仲間を強化していなくて、ラスボスには敵わないまま放置している。いつか続きをやらないと。
 そういえば、ドラクエの「モンスター図鑑」という本も持っている。いつかの誕生日プレゼントで買ってもらったと記憶している。いま調べたら2011年11月発売らしいから、たぶん2012年の誕生日、つまり九歳の誕生日プレゼントだ。いまでも大切にしている。鳥山先生の描いたモンスターたちがずっと大好きだ。

三月十二日 ドーナツ
 朝から雨。昼過ぎに家を出て文春に行って取材を受ける予定で、午前中は近所のカフェで執筆しようと思っていたのだが、カーテンを明けて雨だと知って(正確に言えば朝目覚めて、雨滴が落ちる音を聞いて)、気が滅入った。外に出るのを諦める。家で作業をして(捗らない)、牛丼を食べて、麹町の文春に向かう。朝日新聞の方から取材を受けたのち、新宿の紀伊國屋書店に移動。大きく展開していただいているのでご挨拶と、あとはサイン本を作らせていただいた。三十冊。三十といえど、机に並ぶと巨大な山だ。でもサインし始めると、山はみるみる崩れていく。手が疲れるなんてことはなく、書き終えた。しかし十冊くらい書くと、自分の名前がゲシュタルト崩壊した。何百冊、何千冊とサインする世の作家たちは、どれだけスーパーな人たちなんだ。
 その後、池袋で用事があったので、西口のミスドで時間を潰す。というか、いま現在進行形で潰している。今日初めて、ミスドで一度に三つもドーナツを食べた。腹が減っていたからなんだけど、食べ終えてみると、胃に膜が張っているような不快感がある。これが胃もたれってやつか? 初めての感覚に戸惑いながら、いまこれを書いている。

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著者プロフィール

坪田侑也(つぼた・ゆうや)
2002年東京都生まれ。現在、都内の私立大学医学部在学。2018年、中学3年生のときに書いた『探偵はぼっちじゃない』で第21回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。『探偵はぼっちじゃない』は2019年、KADOKAWAより単行本として刊行された。2022年、角川文庫。2023年5月、第2作となる長篇を脱稿。この第2作は『八秒で跳べ』として、2024年2月、文藝春秋より刊行される。

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