医者の卵のかえらない日々
坪田侑也
第13回 とある数字の日々
2024.4.01

三月十六日 「夜明けのすべて」
 めずらしく早起き。日比谷のTOHOシネマズ、九時台の回で「夜明けのすべて」を観る。瀬尾まいこさんの原作は未読だが、映画の評判をネットで知っていた。たしかに、とてもとても良い映画だった。不思議な温かみに満ちた映像で、PMS(月経前症候群)とパニック障害を抱えた主人公二人の関係が描かれていく。ともすると病気を抱えた人々の日常の紹介、解説になってしまいそうな題材だけど決してそうはならないし、主人公二人も恋愛とか友人とかそういうわかりやすい関係になっていかない。バランス感覚が絶妙な、119分。
 そして午後。弊学医学部バレーボール部の追い出しコンパがあった。このシーズン、どのサークルにも(たぶん)ある、卒業生のための行事。体育館で先輩たちとバレーしたのち、池袋の居酒屋に移動。飲んだり食ったりして、夜が更ける。カラオケで夜通し歌って、朝になる。
 
三月十八日 サークルメンバー
 めずらしく早起き。上越新幹線に乗って、ガーラ湯沢へ。部活の仲間と、今シーズン初スノボ。高二でやって以来なので、ほぼ初心者だ。何度も何度も転んだ。でも午前中でなんとか感覚を取り戻すことができて、S字ターンくらいはできるようになった。そうなるとスノボは楽しいし、それ以前にリフトに乗るのも楽しいし、ゲレンデも楽しいし、まず雪を見るだけで楽しい。
 帰京して、東京駅でみんなと別れ、一人で地上に出る。一路、日本橋へ。今度は推理小説同好会の追い出しコンパに、ほぼ幽霊部員なのに参加。十人のサークルメンバーとぽつぽつ話しながら夜更かし。とはいえスノボで疲れていたから、僕は早々にダウン。
 こうして書き出してみると、ここ最近、結構遊び回っている。おい原稿はどうしたんだ、エッセイとかいろいろあるだろ、といまこれを書いている数日後の僕は過去の自分に喝を入れたい。
 
三月二十一日 質問
 江東区深川にある東京ガスの体育館へ。『八秒で跳べ』のプロモーションの一環として、今日はスペシャルな企画があった。とあるバレーボール選手との対談である。まだ多くは語れないが、四月頭には文藝春秋の媒体から発信されると思うので、乞うご期待。僕の感想を忘れないうちに書いておくと、めっちゃ緊張した。緊張しているうちにメイクが始まって(メイクも初体験だった)、髪伸びてるねと言われ、気づいたらその場で切られはじめ、さっぱりした頭で写真撮影。撮影時には、パスもさせていただいた。手が汗でびっちょりで、オーバーハンドパスがしづらかった。そして始まった対談。事前に用意していた質問は十個ほど。お聞きしたかったことはすべて聞くことができて、良かった。

三月二十二日 深夜
 午前、新宿武蔵野館で映画「梟」を観る。17世紀の朝鮮王朝を舞台にした韓国映画で、王子の死を「目撃」してしまった盲目の鍼師が生き残るために奔走する、というサスペンス。盲目の主人公が「目撃」するという、本来不可能な状況を成立させるための設定がまず面白いし、さらにある種の倒叙ものというか、王子を殺した犯人は誰かわかっており、いかに主人公が罪を被されずに生き残れるかという点に主眼をおいた展開が非常にスリリングだった。主人公の行動原理が正義とかではなく、どうすれば生き残って、村に残してきた病気の弟を救えるか(自分が死んだら彼の薬をもう買うことができない)、というのも面白い。
 鑑賞後、新宿三丁目の方のタリーズに移動して、エッセイの原稿を書く。店内がうるさくて、なかなか捗らない。一時間半ほどで切り上げる。気分転換に買い物。エッセイの続きは家に帰って、夕食後に書いた。二十三時ごろに書き上がる。

三月二十九日 二泊三日
 二泊三日の医学部バレー部の合宿から帰ってきた。試合ばかりのハードな三日間で、一回足が攣った。でも楽しかった。なんかこう書くと小学生の日記みたいだけど、本当に楽しかった。お金が稼げるわけでも、将来に役立つわけでもない。それなのに、無為だとは一切思えないのが不思議だ。

三月三十一日 第2セット
 九時ごろに起床。ベッドの上でだらだらしながら、宮内悠介『スペース金融道』を読む。先日まで合宿があったりしたせいで、全然読み進められていなかったので今日こそは、という気持ちでページをめくっていたら、ある人から電話がかかってきた。どうしたんだろう、と訝しく思いながら出ると、その直後全身に電撃が走ったような感覚を覚える。すべて思い出した。完全に午前中の約束をすっぽかしていた。集合は十時。そのときすでに十時半。なんということ……。とにかく平謝り。スケジュールアプリを確認すると、ちゃんと書き込んである。なぜこれを見落としたんだろう。
 すっぽかしてしまった約束はいろいろ調整していただき、さて午後。バレーボールのプロリーグであるVリーグのファイナルの観戦に出かけた。日本バレーボール協会の方に招待いただいたのだ。パナソニックパンサーズ対サントリーサンバーズ。これがとてつもなくすごい試合だった。両チーム、バレーのスタイルはまったく違う。お互いの強みを押し付け合い、弱みを徹底的に攻める。第2セットなんかは、35-37という見たことのないスコアだった。バレーボールの歴史に残る名勝負。試合は結局、この第2セットを取ったサントリーがストレートで勝利、Vリーグの今シーズンの覇者となった。

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著者プロフィール

坪田侑也(つぼた・ゆうや)
2002年東京都生まれ。現在、都内の私立大学医学部在学。2018年、中学3年生のときに書いた『探偵はぼっちじゃない』で第21回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。『探偵はぼっちじゃない』は2019年、KADOKAWAより単行本として刊行された。2022年、角川文庫。2023年5月、第2作となる長篇を脱稿。この第2作は『八秒で跳べ』として、2024年2月、文藝春秋より刊行される。

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