第25回ボイルドエッグズ新人賞発表
2022年5月10日

第25回ボイルドエッグズ新人賞受賞
ドールハウスの惨劇
遠坂八重

(エントリーNo.78)


作品内容
 ここは鎌倉にある全国有数の進学校・冬汪高校。とりわけ2年A組には優秀な生徒が集まっている。テストの最中、ただならぬ轟音が教室中に響き渡った。学内便利屋をやっている主人公・滝蓮司のお腹を下した音だった。蓮司はなぜテストのたびに、盛大にお腹を下しているのか。一方、鎌倉の高台にある白亜の邸宅には、高校でも有名な美少女の姉と学年トップの成績を誇る妹の双子の姉妹が住んでいた。姉妹はともに、支配的な母親に苦しめられており、その十七歳の誕生日の夜、ついにおぞましい惨劇の幕が……。日本ミステリ界に20代の才筆登場! 脱力系笑い・青春・学園・フーダニット・ホワイダニットとてんこ盛りのミステリがここに爆誕!(「読者への挑戦状」も付く可能性あり)

著者紹介/遠坂八重(とおさか・やえ):
 1993年11月15日生まれ。神奈川県出身。早稲田大学文学部卒業。現在会社員。

☞ 受賞の言葉/遠坂八重

選考過程
1 第25回ボイルドエッグズ新人賞には、総数79作品のエントリーがありました。☞ 第25回ボイルドエッグズ新人賞エントリー作品
2 慎重な検討の結果、最終的に、遠坂八重『ドールハウスの惨劇』が受賞となりました。受賞作は改稿の上、大手出版社10社が参加する競争入札にかけられます。入札時期は6月〜7月の予定です。


第25回ボイルドエッグズ新人賞講評/村上達朗

 第25回ボイルドエッグズ新人賞には近年になく多くのエントリーがありました。これはやはり、長引くコロナ禍で、人々が自宅待機を強いられ、不安な非日常の世界と向き合ってきたひとつの結果だったように思います。読んでいくと、力作が多く、またバラエティにも富んでいて、二回続いた「該当作なし」から今度こそは抜け出せそうだとの期待が高まりました。同時に、受賞という高いハードルを超えられるかとの不安も抱えつつ、エントリー順に応募作を読み進めました。そして、最後の最後に、幸福な手応えを感じられる作品と才能に出会うことができたのです。
 それが遠坂八重氏『ドールハウスの惨劇』でした。この作品を受賞作とした最大の理由は、徹頭徹尾、読み手を楽しませてくれる作風、物語だったからです。タイトルの「惨劇」とは裏腹に、その明るくほがらかな書きぶりは、作者の持って生まれた資質なのではないかと感じました。読んでいると、登場人物たちの醸し出す脱力系のユーモラスな空気に、終始明るい気持ちにさせられるのです。文章の端々から、作者自身この物語を心底愛し、楽しんで書いていることも伝わってくるようでした。
 物語の舞台は鎌倉。全国有数の進学校で、学内便利屋をやっている高校二年生の男子二人組が主人公です。日々級友たちの困りごとを解決しているのですが、なぜ好き好んでそんなことをやっているのか、当人たちにも読者にもよくわかりません(笑)。一方、鎌倉の高台にある白亜の邸宅には、この高校でも有名な美少女の姉と学年トップの成績を誇る妹の双子の姉妹が住んでいます。姉妹はともに、支配的で独善的な母親の存在に苦しめられています。そして、姉妹の十七歳の誕生日の夜、ついにおぞましい殺人事件が……。当然、学内便利屋の二人組がホームズとワトスン役となって、事件の解決、犯人探しに乗り出します。
 ミステリなので、これ以上の説明は省きますが、その悠揚迫らざる筆致に身を委ねていた読者は、事件後の思わぬ展開に喫驚することになると思います。
 物語の細部、ミステリとしての結構(現在、「読者への挑戦状」を付けるかどうか思案中)をブラッシュアップしたうえで、6月をめどに、出版社10社が参加する競争入札にかける予定です。みなさん、どうかお楽しみに!
 
 ほかにいくつか、気になった作品について寸評します。
 
 谷貝淳氏『青夏』は南米ベネズエラが舞台の「半自伝的フィクション」と呼べそうな作品です。1970年代に父の転勤にともなってベネズエラに渡った少年の成長譚で、文章も端正なのですが、小説としては差別などのメッセージが強く出過ぎていると感じました。また、海外を舞台にしたときに肝要なのは、その土地の空気、匂いを読者にいかに感じさせるかなのですが、ベネズエラならではの土や風の匂いが描写から漂ってこないのは残念なところでした。なお、本作にかぎらず、中南米を舞台にした小説は、直木賞受賞の佐藤究『テスカポリトカ』が書かれたいまでは、評価のハードルがきわめて高くなっていると思っていただくのがよいと思います。

 文章も内容もほぼパーフェクトで(誤字脱字もない)、受賞作にするか悩んだ作品が、本川将氏『箱』でした。東京・高田馬場のTSUTAYAの2階AVコーナーの中でのみ展開する、いわばシチュエーション・コメディです。昔でいえば、安部公房を思わせる不条理劇。このAVコーナーがどこにあるかを微に入り細を穿つ文章で描写していきます。登場人物は「俺・僕・私」の三人で、「え? なにかの間違い?」と思って読みつづけていくと、三人の名前がわからないのでこう書いているのだということがわかってきます。この説明せずにわからせる筆力、センスは只者ではありません。文章は的確、書き方はユニークで、会話劇と言ってもいいほど、せりふは上手で現代的です。才気煥発とはこの作者(まだ28歳!)のことだと思いました。ただ、SEX描写へのこだわりが読んでいて不快なのと、商業作品としてみると、一般的な広がりに欠けそうなのが弱点だと判断しました。できうることなら、次には、その才気をあえて抑え(それが鼻につく読者もいると思うので)、安部公房的小説世界をより広く展開させた物語を読ませてほしいと希望します。
 
 仁獅寺幸信氏『腹切り融川の後始末 女絵師・融女寛好異聞』は、タイトルにもある実在の女絵師・融女寛好にまつわる一エピソードを描いた時代小説です。史実、歴史の舞台を的確に説明する文章はすでにプロ並みでした。ただ、説明が多く(タイトルでも中身を説明してしまっています)、話がなかなか先に進まないところに問題があると思います。説明を除くと、話そのものは中編くらいにまとまるエピソードでしょう。史実に則っている分、小説的感興に乏しく、小説なのだから、小説らしく、もっと話に意外性や飛躍がほしいとも思いました。史実はそのままに、その狭間をいかに小説家的想像力で増幅させるか。例を出すとこれまたハードルが高くなりすぎますが、今度直木賞を受賞した米澤穂信『黒牢城』はそうした歴史・時代小説のひとつの到達点だと思うので、ぜひご一読を願います。
 
 上村裕香氏『ヌカルフ・エッチ』は文章がよく、誤字脱字もないので、安心して楽しく読めました。「ゼミ教員の育毛剤を脱毛剤にすり替えていた。半年間。それがばれた。」という書き出しの文章からして、つかみは十分(タイトルはこの脱毛剤の商品名)。設定やキャラも面白いのですが、展開がいまひとつなのが残念でした。読んでいくと、大学生のモラトリアムの話だということがわかってきます。作者も大学生ということで、自身モラトリアムの渦中にいるのかもしれませんが、小説としてはその先が読みたい。作家としてはその先を描かなければなりません。人生にはモラトリアムの期間が必ずあるものですが、人はいつかモラトリアムを卒業していかなければならなくなるからです。先生の娘がどうしてCM撮影の現場に来ているのかなど、不明の設定もありました。クライマックスのジェットコースターのシーンはやりすぎだと思いました。
 と、この講評を書いているさなか、上村裕香さんが新潮社主催の第21回女による女のためのR-18文学賞大賞(作品は『救われてんじゃねえよ』)を受賞されたことを知りました。上村さん、おめでとうございます! その文章力とセンスを存分に活かして、今後作家として大成されることを祈ります。
 
 カジセイ氏『Happy Re-Birth』は成仏できない幽霊たちを手助けする話ですが、こちらも文章、会話が達者な書きぶりで、リーダビリティーが高く、終始楽しんで読めます。ときおり作者自身が顔を出す趣向も面白い。ただ、ボケとツッコミが次第にワンパターンになり、その楽しいやりとりにも次第に飽きがきます。人称がときどき変になるのも考えなくてはなりません。小説の読みやすさ、語りのうまさという点で小説家としての才能はあると思いますが、その才気に寄りかからず、抑えるべきところは抑えた上で、物語にもっと意外性を加味してほしかった。なお、以前の講評でもふれているのですが、ボイルドエッグズ新人賞に限っては、「幽霊の成仏話」は第16回受賞の小嶋陽太郎『気障でけっこうです』に前例があるので、面白くても受賞作にはできないということをあらためて記しておきます。
 
 市作百合子氏『想像してみてごらん ボートに乗って川に浮かんでいる自分を』は昭和の時代の、北海道のとある田舎町を舞台にした女子高校生の物語。タイトルはビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンド」からとられています。この曲がビートルズに夢中の兄の部屋から繰り返し聴こえてくる。細かい描写がないのに、あの時代の高校生の日常がビビッドに描かれていて、当時の空気が見事に伝わってきます。(なぜビビッドに描かれているといえるのかというと、小生がそうだったからです(笑)。中・高校時代、ビートルズに熱中していました)。主人公と兄、主人公が付き合いだす兄の同級生たちとの交流も生き生きとしています。主人公のぼんやり、おっとりしている性格がまたよく、そうした一連のエピソードが、肩に力の入らない等身大の文体でゆったりと語られていきます。読んでいると、懐かしい感情をかき立てはするが、決して感傷的ではなく、あたかも昭和の青春の一ページを描いた映画を見ているような感覚にとらわれます。これを長編としてみたときに、話柄が小さく、物語そのものが地味で、受賞作とするにはためらわれましたが、小説としてはとても良質な作品でした。なお、タイトルはさすがに長すぎるので、たとえば『ルーシーは空に浮いていた』ではどうでしょうか。スティーヴン・キングのホラー小説と勘違いされますかね。
 
 内藤えん氏『愛の稜線』の文章も、非常に読みやすく、無駄がなく、きれいでした。地の文もせりふも完璧に近く、読み出して途中までは、この作品を受賞作にできるかもしれないと思ったほどです。主人公の「わたし」は女子大の音楽学部に通いながら、友人の紹介で、大阪・梅田のガールズバーでアルバイトをしています。性格が社交的でなく、客引きがわるいのですが、ひとりだけ金払いの良い客ができます。しかし、店長は主人公に「譲さん、なんやけったいな感じもすんねん。今までにないタイプやわ。気ぃつけた方がええで」と言うのです。このあたりから、これは現代版『痴人の愛』ではないかと思い始めました。主人公の源氏名が「ナオミ」で、客の名前が「譲さん」とくれば、谷崎潤一郎『痴人の愛』へのオマージュであることは明白でしょう。『痴人の愛』は「譲治」視点、こちらは「ナオミ」視点で書かれているのも、いわば合わせ鏡のような関係です。そして物語が後半になると……予想はほぼ的中。譲さんは、彼女を他の男に抱かせて喜ぶ性的嗜好の持ち主でした(嗜好のジャンル(?)は違いましたが)。読みやすい文体と谷崎へのオマージュに惹かれるものはありましたが、この特殊すぎる(?)性的嗜好を題材にした物語にどこまで広がりを期待できるかと考えたとき、どうしても確信をもつことができませんでした。文章もよく、せりふまわしも上手なので、内藤えん氏には、より広がりを期待できる題材で勝負してはどうかと進言したいと思います。

 最後に、この講評を執筆中に、『若返った男』(エントリーNo.19)の塚田浩司氏が、第二回ステキブンゲイ大賞を『WASHOKU〜コイ物語〜』で受賞したとSNSで知りました。受賞作は書籍化されるとのこと、塚田浩司さん、おめでとうございます! この受賞作の出版を機に、今後作家として大きく羽ばたかれることを期待します。本賞への応募作については、若返り後にもっと葛藤や障害があってほしかったのと、題材的には中編くらいの話かと思い、受賞には至りませんでしたが、文章は書き慣れているようで読みやすく、作品としても力作であったことを付記しておきます。
 
 以上、第25回の講評とします。次回募集の告知は、いましばらくお待ちください。

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