ぼくの小説作法
……・ときどきサンドイッチ作り・……
大石大
第3回 新刊『校庭の迷える大人たち』
ができるまで

2023.06.19

 6月20日ころに、新刊『校庭の迷える大人たち』が刊行される。
 この小説は、「学校を舞台にした『世にも奇妙な物語』」というコンセプトで執筆した連作短編集となっている。さらに、過去に学校で勤務した経験をもとに、教員・事務職員・校長・保護者・PTA委員と、学校に関わる大人たちを主人公にして、彼らが校内で起こる現実離れした現象に巻き込まれる中で、人間として成長していく姿を描いている。
 今回は、作品の内容を紹介しつつ、各短編をどんな風にして思いついたのか、書く際にどういうことを考えながら執筆したのかを記していきたい。
 
「シェルター」
 息子の授業参観で母校を訪れた幹太(ルビ・かんた)は、自分がこの小学校に転校してきた直後のことを思い出す。
 幹太が、校舎内で拾った古びた鍵で近くのドアを開けると、なぜかそこには引っ越し前の自分の部屋があった。教室に居場所のない幹太はその部屋に入り浸るようになる。自分がその部屋にいる間、どうやら教室ではもうひとりの自分が現れて代わりに授業を受けているようなのだが、幹太の分身は、幹太自身とはまるで違う性格らしく……。
 
 学校には、教室や職員室のほかにも、物品倉庫やポンプ室など、たくさんの部屋が存在する。学校で働いていたとき、用があって児童を連れて物品倉庫へ行ったら、その子が「こんな部屋があったんだ!」と目を輝かせて室内を見わたしていたことがあった。
 そのことを思い出したときに、校舎内で子どもが鍵を拾い、どの部屋の鍵なのかを見つけるために学校中を冒険し、ようやく見つけた部屋のドアを開けると、その先には不思議な世界が広がっていた……という設定を思いついた。
 ただ、この連作はすべて大人が主人公なので、上記のストーリーをそのままの形で描くことはできない。そこで、母校に息子を通わせている保護者を主人公にして、授業参観で学校へ行った際に自身が通っていたときのことを思い出す、という回想形式でストーリーを綴り、さらにそのときの出来事を振り返ることで、現在の主人公と息子の関係も描くことに決めた。
 この小説、およそ二週間かけて書いたのだが、14日かかったうち、12日目までは失敗作だと思っていた。明確な欠点があるわけではないものの、全体的に面白みに欠けるような気がしていたのだ。ところが、推敲を重ねている中で、息子に関するエピソードをひとつ追加したとたん、急に小説全体が生き生きとし始めたように見えてきて、完成したときには自信作だと思えるようになっていた。
 どうやら小説は、細部にこだわることで全体の印象が大きく変わってくることがあるらしい、と学ばされた。
 
「危険業務手当」
 教員の真奈(ルビ・まな)がある日給与明細を見ると、「危険業務手当」という名の手当が、月三十万円も支給されていることに気づく。そんな大金をもらうほど危険な仕事をしている自覚はなく、校長に尋ねてもなぜか事情を話してくれない。真奈は自分が受け持つクラスの児童の誰かが、「危険業務」に該当するに違いない、と疑いの目を持つようになるのだが……。
 
 アイディアを思いついたのは、今からおよそ七年前。
 事務職員として働いていたので、手当関係にはある程度くわしかった。あるとき、各種手当の一覧表を眺めていたときに、ふと、「たとえば『危険業務手当』という不穏な名称の手当が、理由も知らされないまま何十万も支給されていたらすごく怖いのではないだろうか」と思いついた。
 ただこのときは、つまり危険業務の正体をどんなものにすれば読者にインパクトを与えられるかがわからず、アイディアを形にすることはできなかった。
 今回、学校を舞台にした連作を書くと決めたときに、このアイディアをもう一度引っ張り出してきて、なんとか形にできないか再考してみることにした。
 七年前に考えたときには、危険業務の正体をオチに持ってこなければならない、と思い込んでいた。そうではなくて、危険業務がなんなのかを中盤でさっさと明かし、それを知った主人公がどんなふるまいを見せるのかをメインに描こう、という方針にした結果、無事書き上げることができた。昔とくらべて、思いついたアイディアを形にする力がついてきたな、と成長を自覚した一作。
 
「事務の先生」
 事務室にある古びた書庫が、あるときから突然しゃべり始めるようになった。しかもあまりにも口が悪く、事務職員の花音(ルビ・かのん)は日々書庫と口げんかしながら仕事をしている。書庫がしゃべることは、花音以外、誰も知らない事実だった。
 あるとき、花音のいないときに、彼女が恋心を寄せる教員が同僚から脅迫されているところを、書庫が目撃する。花音はその教員を助けたいと思い、ひそかに行動を開始したところ、意外な事実が明らかになって……。
 
 自分が就いていた仕事を題材にするのだから、リアリティのある面白い作品になるはずだ! と気合いを入れて書いたのだが、執筆は難航した。ほかの4作は奇妙な現象がアイディアの発端だったのに対し、この短編だけは職業を先に決めていたせいか、どのように話を転がせばいいのか、なかなか見えてこなかったのだ。
 とりあえず書庫にしゃべらせてみよう → 書庫がしゃべる事実は主人公しか知らないのだから、事務室で誰かが秘密の話をしているのを耳にすることもあるはずだ → 教員間で脅迫でもさせてみようかな → 主人公は当然脅迫の内容が気になっていろいろ行動するはずだ → その結果、脅されていた教員の意外な正体を知ることになるはずだけど、その「意外な正体」って、いったいなんなんだ……? 
 と、全体の見通しが立たないまま、行き当たりばったりで話を先に進めつつ、話をどう締めるかを考える、というスタイルで執筆することになった。最終的には無事に物語を着地させることができたけど、結末がわからないまま書き続けるのはあまりにも不安なので、なるべくやりたくない。
 
「妖精のいたずら」
 その小学校には、いたずら好きの妖精がひそんでいて、誰かの持ち物をこっそり隠し、その人が慌てふためいているところを見て楽しんでいる。妖精は翌日には持ち物を返してくれるのだが、その間に妖精の持つ不思議な力が宿り、たとえばシャーペンであれば、そのシャーペンで勉強すると学力が飛躍的にアップし、テニスのラケットの場合、そのラケットで練習するとあっという間に全国レベルの選手にまで成長できる。
 その学校に娘を通わせる朔(ルビ・さく)は、娘の才能を開花させたいという妻の意向でPTA委員に立候補し、委員の仕事があるたびに、妖精に持ち去ってもらうため、いつも大量の荷物を背負って学校へ向かうのだが……。
 
 PTAのことを調べていると、委員同士のトラブルが多く、怪文書をばらまかれたり、根も葉もない噂を流されたりと、大の大人がこんなことをするのかと思うような事例が見受けられた。そこで、PTA活動中に備品がなくなり、それが超常現象によるものだったと思わせておいて、実は人間の悪意によるものだった、というストーリーで一度は書き始めた。だから、妖精が人の物を隠す、というのも、三秒くらいで適当に考えた設定だった。
 ただ、思ったほどの作品には仕上がらなかった。あらためて書き直すことになった際に、リアリティーとか人間の悪意とか、そういったものから一度離れて、これまでどおり「妖精が人の持ち物を隠す」という設定を軸にして、そのアイディアを最大限生かせる物語にしよう、と決めた。
 学校に行くチャンスを増やすため、保護者たちはこぞってPTA委員に立候補する。そうして選ばれた者たちが、妖精に持ち去ってもらいたいものを鞄に詰め込み、意気揚々と学校へ向かう。大量の荷物を抱えた保護者たちがぞろぞろと校舎に入っていく光景が頭に浮かんだ瞬間、これは面白い話になるんじゃないか、という手応えを得た。
 PTA活動の現実を描くという当初の目的は達成できなかったけれど、作品自体は最初のバージョンよりもはるかにいいものに仕上がったと思っている。
 
「カウントダウンが進まない」
 六十歳を迎えた校長の正和(ルビ・まさかず)は、早く仕事から解放されたいと望み、日々、退職までの残り日数を数えていた。
 退職まで残り半年となった九月三十日、正和は、生徒同士の喧嘩、放火予告の電話、教員からのクレーム、面談の末に暴れ出す保護者と、さまざまなトラブルに見舞われる。さらに一日の最後、日付が変わる直前に教頭から電話があり、「校舎が燃えています」と報告があった直後に意識が途切れる。
 気がつくと、ふたたび九月三十日の朝を迎えていた。前回と同様、学校ではたくさんのトラブルが起こり、日付が変わる直前に教頭から火事の報告があり、その直後に意識が途切れ、三度目の九月三十日を迎える。
 この日起こるすべてのトラブルを解決しない限り、次の日には進めないのかもしれない。そう思った正和は、放火事件を中心に、事態の収拾に動き出す……。
 
 今までやってなかったし、このあたりでタイムループものにでも手を出しておくか、と軽いノリで設定を決めた。
 学校では日々、多くのトラブルが起こり、その大半は校長に報告が上がったり、校長の判断が問われたりすることになる。校長を主人公にするのであれば、一日の間に山のようにトラブルが起こり、そのすべてを解決しないと翌日に進めない、というストーリーにすれば面白くなるかもしれない、と思った。
 さらに、かつて六十歳を迎えた同僚が、毎日退職までの残り日数を数えている、と話していたのを思い出し、「同じ一日を繰り返すのが、よりによって退職までの日々をカウントダウンしている人だった」という設定にしたらより面白くなるのではないか、と思い、仕事に嫌気が差した校長が、この現象に巻き込まれたことでどんな心境の変化を見せるのかを描くことにした。
 この「よりによって」というのは、話を面白くするキーワードなのかもしれない。たとえば映画『ホーム・アローン』は、子どもがよりによってクリスマスに家に一人きりになる話だし、『恋愛小説家』は、犬嫌いの小説家がよりによって隣人の犬を預かったことから周囲に心を開いていくようになる話だった。
 
 以上、全五作、どれも面白い小説になっていると思います。
 興味を持っていただけたら、ぜひ読んでみてください。よろしくお願いします。


著者プロフィール

大石大(おおいし・だい)
1984年秋田県生まれ。法政大学社会学部卒業。『シャガクに訊け!』で第22回ボイルドエッグズ新人賞を受賞(2019年2月1日発表)。受賞作は光文社より2019年10月刊行された。2020年、短篇「バビップとケーブブ」が「小説宝石」12月号(光文社)に掲載。2021年5月、単行本第2作『いつものBarで、失恋の謎解きを』を双葉社より刊行。2022年5月、単行本第3作『死神を祀る』を双葉社より刊行。短篇「シェルター」が「小説宝石」7月号(光文社)に掲載。短篇「危険業務手当」が「小説宝石」8・9月合併号に掲載。2022年10月、『シャガクに訊け!』が文庫化、光文社文庫より刊行。2023年6月20日、光文社より新作『校庭の迷える大人たち』刊行。

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