ぼくの小説作法
……・ときどきサンドイッチ作り・……
大石大
第4回 創作ノートは必要か?
2023.07.17

 ほかの作家の小説作法を学ぶために、本や雑誌のインタビュー記事を読んだり、Web上での発言に目を通したりすることがよくある。その中で、複数の作家が、「創作用のノートは作っていない」と発言していて意外に思った。ほとんどの作家は、日々の生活の中で思いついたアイディアをしっかり書き留め、ストックをため続けているものだと思っていた。
 僕の場合は、新人賞を受賞してから、継続的にノートを使うようになった。
 一応、デビュー前にもノートを使っていたことはあるのだが、当時は買って二週間も経つとノートを開くのが億劫になってほったらかしにしてしまい、しばらく時間が経つと「これからはちゃんと思いついたことをメモしよう」と心を入れ替え、気分一新を図るために新しいノートを買い、でもまた二週間でメモしなくなり……というのを繰り返し、気づけば使いかけのノートが何冊も溜まっていた。ただ、新人賞を取ったあとは、さすがにこのままではいかんと思い直し、継続的にメモを取る習慣が続いている。
 ノートには日々、思いついたアイディアをメモするほか、読書や映画鑑賞の記録を取ってもいる。ちなみに、ノートとは別に、スマホのメモ機能を使って、ちょっとした思いつきを記録しておくこともある。
 ただ、メモが生きた、と実感することはほとんどない。
 本当に気に入ったアイディアは、メモしなくても忘れないからだ。特に、小説の核となるようなアイディアは、「今の話が終わったら次はこれを書きたい」と頭の中にずっと居座っているような感覚なので、いちいちメモしようとすら思わない(記憶できる程度の量のアイディアしか思いついていないんだろう、と言われれば返す言葉はないが……)。一度、次に何を書くか迷ってノートを読み返したことがあったのだが、何年も前に記録したアイディアは、そのときはたしかに面白いと感じたはずなのだけど、そのときにはもう自分の中で鮮度を失っていたためか、書きたいと思う題材をメモの中から見つけることはできなかった。
 それ以外の、ちょっと変わったキャラクターとか、ミステリのトリックのメモなども、作品に生かされた記憶はない。僕の場合、物語の設定が先にあって、その設定に合ったキャラクター、ストーリー展開、ミステリ上の仕掛けやテーマを考えるので、いちいちメモを参照しなくても、過去に思いついたことや考えたことの中から、その設定に合ったアイディアを自然に思い出せることが多い。一度思いついたことは脳の奥深くでずっと待機していて、自分の出番が来たと思ったらちゃんと顔を出してくれるようにできているのではないか、という気がしている。
 結局、ノートにアイディアをメモする最大のメリットは、安心感を得る、という点にあるのかもしれない。いちいち記録しておけば、万が一アイディアを忘れたとしても、すぐに参照して思い出すことができる。案外、メモを取らなくても、そこまで成果に影響が出ることはないのではないか、という気がしている。念のためにメモを取る習慣は続けているけれど、それをやめたとしても、さほど変化はないのかもしれない。
 今はアイディアを記録するよりも、人の作品を読んだときにあれこれ分析するためにノートを書くことが多い。
 その際に書くことは、おもに二つ。
 まず、もしその作品が面白かったのなら、なぜ面白かったのかを書く。
 その作品のどんな要素が、自分に面白いと思わせたのか、その原因をまずは記録する。さらに、その要素を生かして、自分だったらどんな小説を書けるのかを考えて、それをメモしていく。
 この作業によって、目の前の作品をもとに、どんな工夫を施せば人を楽しませることが出来るのか、その原理を知ることができるし、その原理を別の形で生かせるのではないかと、自分なりに応用する力も身につく(これは小説や映画だけではなくて、たとえばバラエティー番組を観る際にも使える勉強法だと思う)。
 もうひとつは、もしその作品がつまらなかったのなら、なぜつまらなかったのかを書く。
 その作品のどんな要素が、自分につまらないと思わせたのか、その原因をまずは記録する。その上で、では設定やキャラクター、ストーリー展開など、どの部分をどう変更すれば作品は魅力的なものになるのか、自分なりに作品を改稿していくのだ。
 この作業はちょっと手間がかかるものの、これを繰り返していくと、面白い物語の分析以上に、書く力が身についていくのではないかと思う。筆力向上にはおすすめだ(問題は、ふだん小説や映画を読む際は面白そうな作品を選ぶので、そう簡単にはつまらない作品に出会えないことだ)。
 以上の作業は、頭の中で完結するにはあまりにも複雑なので、ノートに書くようにしている。また、書いていると不思議と頭もよく回るようになるので、脳内だけで作業するより、ちゃんと手を動かした方がいい。それに、ノートを取る、という行為自体が、思考を働かせなければならない、というプレッシャーにもつながるので、なおさら頑張って考えるようにもなる。
 だから、今は創作ノートというより、分析ノートとでも名づけた方がいいような状態になっている。アイディアのメモは取らなくてもなんとかなるかもしれないけれど、作品分析のためにノートを取ることは、書く力を身につけるためには欠かせない、と感じている。
 以上、書きたいことはすべて書いたので、そろそろ筆を置きたいのだが、ここへきて手が止まってしまった。
 このエッセイにどうオチをつけるのかちゃんと考えてあったはずなのに、いくら頭をひねっても全然思い出せないのだ。一度考えたことは必要に応じてちゃんと思い出せる、と書いてしまったが、やっぱりどんなささいな思いつきでも、ちゃんとメモを取る必要があるのかもしれない……。


著者プロフィール

大石大(おおいし・だい)
1984年秋田県生まれ。法政大学社会学部卒業。『シャガクに訊け!』で第22回ボイルドエッグズ新人賞を受賞(2019年2月1日発表)。受賞作は光文社より2019年10月刊行された。2020年、短篇「バビップとケーブブ」が「小説宝石」12月号(光文社)に掲載。2021年5月、単行本第2作『いつものBarで、失恋の謎解きを』を双葉社より刊行。2022年5月、単行本第3作『死神を祀る』を双葉社より刊行。短篇「シェルター」が「小説宝石」7月号(光文社)に掲載。短篇「危険業務手当」が「小説宝石」8・9月合併号に掲載。2022年10月、『シャガクに訊け!』が文庫化、光文社文庫より刊行。2023年6月20日、光文社より新作『校庭の迷える大人たち』刊行。

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