ぼくの小説作法
……・ときどきサンドイッチ作り・……
大石大
第5回 講演は創作だ!
2023.08.14

 講演をすることになってしまった。
 毎回、新刊を出すたびに母校の図書室に寄贈をしている。六月に新刊『校庭の迷える大人たち』を刊行した際にも、(僕は地元を離れているので僕の父が)母校に直接本を届けにいった。
 すると七月下旬、高校の図書担当の先生から、僕の自宅に荷物が届いた。中にはお礼状とともに、出版のお祝い兼寄贈のお礼ということで和菓子が入っていた。
 一言お礼を言わなければと思い、学校に電話をかけた。
 担当の先生は、僕が名前を名乗ったとたん、地元紙に掲載しているエッセイの感想を述べたり、寄贈した本をどのように生徒に紹介しているかを説明したりと、いろいろな話をしてくれた。さて、いったい僕はどのタイミングでお菓子のお礼を言えばいいのだろう、とまごまごしているうちに、
「ぜひ大石さんには本校で講演をしていただけないかと思っているんです」
 と切り出された。正式な依頼ではなく、ちょっとしたあいさつのようなものだろうと油断していた僕は軽い口調で、
「ぜひこちらこそ」
 といった類の返答をしたと思うのだが、続けて、
「今年の夏は帰省されますか?」
 と問われ、八月の二、三週目あたりに帰ると答えたところ、
「では十七日などどうでしょう?」
 えっ?
「図書委員の集まりがあるので、彼らにだけでも話を聞かせたいと思うのですが」
 というわけで、あっという間に講演が決定した。「小説家という仕事」というお題で、図書委員や他校の文芸部などにも声をかけ、三十名程度の規模で一時間程度の講演会を開くことになった。
 通話を終え、しばし呆然となった。お菓子のお礼を言うための電話だったのに、気づけばすごいことになっていた。
 しばらくしてから我に返り、初めて講演を頼まれた喜びを噛みしめつつ、少しずつでもいいから講演の準備をしよう、と思った直後、今度は猛烈な不安に襲われた。
 まず、講演の内容をどのようにして練り上げていけばいいか、さっぱりわからない。
 ちょっと想像してほしいのだが、いきなり母校の先生から「一時間やるからあなたの仕事について生徒に話してくれ」と言われたら、誰だって何をしゃべればいいかわからず途方に暮れるのではないだろうか。
 しかも、小説家というのは、めったに人に会わず、毎日家にこもって黙々と原稿を書き続けるという、「人前でしゃべる」という仕事とはもっとも遠いところに位置する職業であるように思う。講演をする小説家はたくさんいるけれど、本来小説家と講演は相性が悪いのではないか、そしてただでさえ口下手な自分には、ちゃんとした講演などできないのではないか、という不安に襲われた。
 どうしようかと思ってあれこれ調べているうちに、一冊の本を見つけた。
『はじめて講師を頼まれたら読む本』(大谷由里子著/中経出版)という、まさに今の僕のために書かれたのではないかと思うような本だった。世の中にはいろいろな本があるものだ、と感心しつつ、さっそくこの本を入手した。
 まず「何を伝えたいか」を考えろ、聞き手が共感できるような失敗体験を話そう、具体的な数字を入れると印象に残る……などなど、参考になるテクニックが満載だったのだが、もっとも役に立ったのが、「五分ネタをたくさん作ろう」という指摘だった。いきなり一時間の話を考えるのではなくて、五分で話せるネタを十二本用意して、その五分ネタの中にも起承転結を盛り込み、中身を磨き上げていけばよい、とのことだった。
 試しに、「本が好きになったきっかけ」「小説を書き始めたころのこと」「新人賞を受賞したときのこと」「二作目のハードル」など、五分で話せそうなタイトルを箇条書きにして、それぞれの項目で話せそうな内容をふくらませていき、起承転結をつけた。その上で、十二本の五分ネタを話す順番を決めて、講演全体の流れを考える。この作業をやった結果、自分でも驚くほど、あっという間に全体の骨格がまとまった。
 あとになって気づいたのだが、台本の構成がスムーズに決まったのも当然のことだった。なぜなら、それは小説のプロットを考えるのとほとんど同じ作業だったからだ。
 プロットを作る際は、まず核となるアイディアがあり、そのアイディアをどう展開させるか、どこで伏線を入れてどこで回収させるか、終盤をどのようにして盛り上げるかといったことを考えたり、読者の印象に残るようなエピソードを作ったりするなどして、全体の構成を練り上げていく。
 講演の内容を考えるのも、これとだいたい同じだ。
 まずは講演を通して伝えるべきテーマがあり、それを表現するための五分ネタを用意し、聞き手の印象に残りそうな昔の出来事を盛り込んでいく一方、講演全体の流れも考えていく。
 相手を飽きさせない話の展開を考える、という点において、小説執筆と講演の台本作りはまったく一緒だった。講演も創作だったのだ。小説家に講演は向かないのではないか、と心配する必要はなかった。
 この原稿を書いているのは講演の一週間前。現在は、五分ネタの精度を上げる作業を行っているところだ。原稿がホームページで公開されるのはおそらく講演の直前、緊張のあまり「コロナにでも感染すればドタキャンできるのに」と不謹慎なことを考えているかもしれない。
 いくら台本がいいものに仕上がっても、緊張でうまく話せなかったら何の意味もない。果たして大丈夫だろうか……。
 講演がうまくいったら、来月のこの欄で、その顛末を綴ろうと思う。もし全然別の話題が載っていたら……そのときは、察してください。


著者プロフィール

大石大(おおいし・だい)
1984年秋田県生まれ。法政大学社会学部卒業。『シャガクに訊け!』で第22回ボイルドエッグズ新人賞を受賞(2019年2月1日発表)。受賞作は光文社より2019年10月刊行された。2020年、短篇「バビップとケーブブ」が「小説宝石」12月号(光文社)に掲載。2021年5月、単行本第2作『いつものBarで、失恋の謎解きを』を双葉社より刊行。2022年5月、単行本第3作『死神を祀る』を双葉社より刊行。短篇「シェルター」が「小説宝石」7月号(光文社)に掲載。短篇「危険業務手当」が「小説宝石」8・9月合併号に掲載。2022年10月、『シャガクに訊け!』が文庫化、光文社文庫より刊行。2023年6月20日、光文社より新作『校庭の迷える大人たち』刊行。

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