ぼくの小説作法
……・ときどきサンドイッチ作り・……
大石大
第7回 『VIVANT』を考察しない
2023.10.16

 我が家のレコーダーは、録画した番組を再生する際に、1.1倍速から2倍速まで、速度を調整できるようになっている。僕はよくドキュメンタリーを観るのだが、執筆のためのインプット目的で観ているため、効率優先のためいつも2倍速で視聴している。それ以外、バラエティーやドラマは通常の速度や1.1倍速で観ることが多いが、一度だけ、ドラマを2倍速再生し、第一話から最終回まで、一晩で見終えたことがある。
『3年A組―今から皆さんは、人質です―』という、四年前に放映されていたドラマだ。
 毎回、話の展開が二転三転するために先がいっさい読めない上、ただいたずらに視聴者を翻弄させるためだけに展開がころころ変わるのではなく、「話の展開が二転三転する」こと自体が物語のテーマと密接に関わるという、すごいドラマだった。
 ほとんど休憩を挟まず、わずか五時間ほどで一気に視聴した。最終話を見終えたとき、今まで感じたことのない高揚感を味わった。ただでさえ目まぐるしく展開が変わる物語を倍の早さで視聴したことで、とてつもない速度のジェットコースターに乗ったかのような興奮を覚えていた。
 もう一度同じ試みをしてみようと思い、後日、『アンナチュラル』というドラマを二倍速で観たのだが、こちらは倍速にすると物語の情感が台なしになってしまい全然楽しめなかったので、すぐに通常の速度での視聴に切り替えた。小説が、一文一文をじっくり堪能したい作品と一気読みした方が面白い作品がそれぞれあるのと同様に、ドラマも倍速再生が合う作品とそうでない作品があるらしい。
 ドラマを倍速視聴することについて否定的なことを言う人が多いし、それを若者批判と結びつけて書いた本が売れていたりもするけれど、個人的には大きなお世話だと思っている。エンタメをどう味わうかはその人の自由であって、赤の他人にあれこれ悪口を言われる筋合いはないのだ。
 当然、自分の小説も、どんな風に読まれてもかまわない。速読のできる人が、僕が半年かけて書き上げた作品を十分で読み終えたとしても何とも思わない。本は読者のものであり、その読み方について作者がケチをつける資格はないと思っている。十分で読んだのなら、その十分が充実したものであったことを祈るだけだ。
 2倍速でのドラマ視聴はその後していないけれど、全話録画し終えたあとで、1.1倍速で再生して短期間で見終える、ということはたまにやっている。最近はもう、ドラマをリアルタイムで視聴することはほとんどなくなった。
 先月、『VIVANT』を一日で全部観た。その日は最終回の放映日だったので、朝食を食べたあとで第一話から順に見始めて、最終回のみリアルタイムで視聴した。『VIVANT』漬けの楽しい一日だった。
 ただ、ドラマが放映されていた三カ月の間に、インターネット上ではさまざまな謎、伏線、意味深なセリフの意図をそれぞれが考えて自説を披露する、考察合戦なるものが行われていたらしく、そこに加われなかったのは心残りだった(自ら書き込むつもりはないけれど、いろんな人の意見を読んだり、自分でもいろいろ想像してみたかった)。こちらは休む間もなく、次の話、次の話と片っ端から視聴していたので、考察する暇などなかったのだ。
 自身の考察を発表し合うというのは楽しい行為だろうな、とは思うけれど、これではドラマというよりクイズ番組じゃないか、という気もする。作品のテーマやメッセージを受け止め、考えることよりも、作品を材料に他者とコミュニケーションを取ることの方が目的になっていないか、それは物語の正しい楽しみ方なのだろうか、と思う(ああ、エンタメをどう味わうのかはその人の自由なのに、つい悪口を言いたくなってしまった!)。
 とはいえ、僕のように録画視聴する人ばかりだと、視聴率にはつながらないし、CMを観る人もいなくなる。リアルタイムで観てもらうことが重要なテレビドラマでは、『VIVANT』や、以前放送されていた『あなたの番です』のように、観る側があれこれ考えずにはいられなくなる、謎や伏線をたくさん盛り込んだ番組が増えるのかもしれない。テレビドラマのクイズ番組化は、これからも進んでいきそうだ。
 うっかり悪口めいたことを書いてしまったけれど、考察を要するドラマをリアルタイムで観るのはすごく楽しいと思う。
 次の放映日までの間、真相は何なのか、あの意味深なセリフにはどんな真意があるのか、張り巡らされた伏線がどう機能するのか、といったことをあれこれ考えながら最新話を楽しみに待つ、というのは、ドラマをリアルタイムで視聴するからこそ得られる楽しみだろう。ドラマが放映されていない時間も、ドラマを楽しむことができる。それはとても贅沢なエンタメの味わい方なのではないか、と思う。
『VIVANT』には続編の構想があるらしい。もし本当に放映されることになったら、そのときはぜひリアルタイムで観てみたいと思う。


著者プロフィール

大石大(おおいし・だい)
1984年秋田県生まれ。法政大学社会学部卒業。『シャガクに訊け!』で第22回ボイルドエッグズ新人賞を受賞(2019年2月1日発表)。受賞作は光文社より2019年10月刊行された。2020年、短篇「バビップとケーブブ」が「小説宝石」12月号(光文社)に掲載。2021年5月、単行本第2作『いつものBarで、失恋の謎解きを』を双葉社より刊行。2022年5月、単行本第3作『死神を祀る』を双葉社より刊行。短篇「シェルター」が「小説宝石」7月号(光文社)に掲載。短篇「危険業務手当」が「小説宝石」8・9月合併号に掲載。2022年10月、『シャガクに訊け!』が文庫化、光文社文庫より刊行。2023年6月20日、光文社より新作『校庭の迷える大人たち』刊行。

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