医者の卵のかえらない日々
坪田侑也
第7回 九月の門を推す、または敲く
2023.10.02
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九月一日 わくわく
 新作の打ち合わせで某出版社へ。刊行時期も固まり、プロモーションや装丁の話が徐々に具体的になってきた。今回は作品が完成してから刊行までの期間が長いため、いろいろ準備ができる。でもその反面、自分の作品が出るという感覚が正直に言ってしまうと薄かった。
 しかしそんな中、プロモーションのための一つの企画を聞いて、お、と思った。これは結構、わくわくする。プロモ的に効果があるのかはわからないけど、僕としては楽しみだ。チャレンジしてやるという気持ちになれた。
 とはいえひとまずは、今日受け取った再校ゲラに目を通すところから始める。
 
九月四日 カンフル剤
 ラジオを聴いていたら「カンフル剤」という単語が出てきた。よく聞くし意味もわかるけど、改めて考えてみると、なんだその薬品と思ってググってみると、「樟脳のこと」とある。防虫剤のイメージしかなかったが、ウィキペディアを読み進めれば、かつて強心剤として使われていたと記述があった。なるほどだから、「ダメになりかけたものを一発で回復させる、ちょっと乱暴な措置」みたいな意味になるのか。
 ウィキペディアを読み終え満足しかけたところで、ふいに、あれ、と思う。なんか「樟脳」って、シカと関係なかったっけ。動物のシカ。あれあれ、といろいろネット上を彷徨っているうちに、あ、と気づく。それは「麝香」だ。全然違う。二字熟語であることしか共通点がない。
 
九月八日 化物
 夏休みが終わり、今週から大学の授業が始まっている。とはいえ十月末までは不規則なスケジュールで、週によってはキャンパスに一度しか行かないなんてのもあるのだが、どういうわけか今週は授業以外の雑事も含め、忙しく日々に追われていた。今度出る作品のゲラ作業も進まず、新作を書き出すこともできず、早くも九月の三分の一が終わろうとしている。
「何気ない日々は何気ないまま ゆっくり僕らを殺す」
 星野源「化物」の一節だ。大学生になってから僕は、決して充足した日々を送っているわけではない。「足りない」とはずっと思っている。でも忙しさに騙され、ときおりやってくる小さな達成感(課題提出とかそんなクソみたいなもの)に騙され、気づけば時間は経ち、まさにゆっくり僕は殺されていく。小説のことで吐きそうになるくらい頭を悩ませていた高二の夏があまりにも遠い。果たして戻れるのだろうか。いやきっと戻るのではなく、二十一歳の自分に適した、新たなスタイルを確立しなければいけないのだろう。ただそれを模索しようにも余裕がない。余裕がない、なんて言うのはただの甘えかもしれないけど。自分で作れよ、って話だけど。
 ちなみに先述の「化物」にはこういう一節もある。
 「地獄の底から 次の僕が這い上がるぜ」

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著者プロフィール

坪田侑也(つぼた・ゆうや)
2002年東京都生まれ。現在、都内の私立大学医学部在学。2018年、中学3年生のときに書いた『探偵はぼっちじゃない』で第21回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。『探偵はぼっちじゃない』は2019年、KADOKAWAより単行本として刊行された。2022年、角川文庫。2023年5月、第2作となる長篇を脱稿した。出版社も決まり、現在ゲラ作業中。

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