医者の卵のかえらない日々
坪田侑也
第11回 小学生のころドラゴンの頭部の絵ばっかり描いていた
2024.2.05
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一月一日 早々
 元日。意外とやることがない。朝、近所の祖母宅に出かけて、おせちとお雑煮をいただき、お年玉を拝受し(あと数年で貰えなくなる。泣きそう)、爆笑ヒットパレードを見ながら年賀状を書いて(年賀状はこの数年ずっと、送ってくれた人に返すだけだ)、ごろごろして、でもテレビを見るのにも飽きて昼過ぎには暇になった。しかし厄介なことに、元日は妙な特別感がある。社会人や高校生のような規則正しい生活を普段からしているわけではない一介の大学生にとっては、元日も日常に限りなく近いのに、非日常の空気に満ちている。この空気の中では、課題なり執筆なり、やるべきことをやろうと思っても、身が入らない。諦めて、ふらふらと散歩に出かけた。一応の目的地として、祖父母のお墓を目指すことにする。ご先祖の皆々様に新年のご挨拶をしよう。三十分くらいの道中、歩きながら今年の目標とか心がけとか、あとは原稿の行き詰まっているポイントのこととかをぼんやり考えていた。地震には気づかなかった。
 僕が唯一気づいたのは、アップルウォッチの振動だった。NHKニュースの速報を知らせるバイブレーションだった。東京も揺れたらしいけれど、まったくわからなかった。新年早々、嫌な感じだなと思っていると、立て続けにいくつも通知を受信した。どうやら、ただごとじゃないらしい。どうしたんだろう、とRadikoのアプリを開いて、NHKラジオを再生してみた。耳に飛び込んできたのは、アナウンサーの怒号だった。すぐ止めてしまった。
 東京は、少なくとも僕の歩いていた街はなんともなかった。例の、日常と非日常の間みたいな空気がゆったりと流れていた。街中がこたつに入ってうつらうつらしているような。しかし足を止めてXを開くと、想像を絶するような情報の数々を目の当たりにした。長くは見ていられなかった。
 十六時過ぎだから街は薄暗くて、元日だから道を行き交う人は少ない。いろんな記憶が蘇ってくる。十二年前の、いや年が明けたからもう十三年前の大震災のとき、僕は小学二年生だった。学校帰り、東京メトロ日比谷線の車内で大きな揺れを感じた。いまは大学三年生で、揺れすら感じていない。でも唐突に、とてつもなく心細くなった。我慢して散歩を続けて、考えようと思っていたことに思考を巡らせてみるけど、すぐにばらばらになってしまう。泣いてしまいそうだった。お墓までは頑張って歩いて行って、手を合わせて、それから帰りも歩く予定だったけど、それはやめて、電車に乗って家に帰ることにした。
 帰ってテレビを点けると、各局災害の報道をしていた。元日夜のお祭りみたいなテレビ番組はすべて取りやめになったのだろう。チャンネルを回していたら、地元のケーブルテレビだけが報道もテロップもなく、地域の、いつのものかもわからない、少年野球大会の試合を放映していて、我が家のチャンネルはそこに落ち着いた。しばらく家族で、ああだこうだ言いながら、知らない小学生たちの野球を見た。
 
一月二日
 昨日は心がざわざわして全然落ち着かなかったけど、今日からは僕は平穏に日常を送るようにした。なので今後の日記でも、これ以上多くは触れないつもりだ。なお、平穏な日常を送るための工夫は一つ。ニュースは見るけど、なるべくインターネット、特にXを開かないようにすること。ちなみにインスタグラムはほとんどいつもどおりで(友人しかフォローしていないのだから当然なんだけど)、やっぱりX(もといツイッター)がいかにその範囲と速度において情報拡散に長けているか痛感した。うーんでも、災害時の情報インフラが一人の経営者の裁量にかかってるの、怖いなあ。いやもうすでにインフラとしては、終わりかけているのかもしれないけど。
 それはさておき、今日は映画「ゴジラ -1.0」を観てきました。去年見逃していた映画。ゴジラの系譜とかCGの技術は門外漢だからさっぱりわからないけど、ストーリーとしては非常にテーマが強固だなという印象を持った。テーマが強固だと、物語の大筋の進行に疑問が生まれない。まあその分、ある程度読めてしまう展開にはなってしまうが、話はすっきりまとまり、観やすくなるなあ、と思った。面白かったです。
 
一月四日 登山
 友人に誘われ、丹沢山地の大山に登ってきた。登山なんて中学校の林間学校ぶりだ。あの頃はしりとりなんかしながら歩いていたが、今日は小学校の友人とだったので、近況を話したり、同級生の噂話をしたりしながら、たらたら歩いた。そうしたらすぐに山頂に着いた。初心者向けの山だったらしい。でもびっしょりと汗をかいたし(その日は雲ひとつない快晴だった)、喋りまくっていたし、じんわりと疲労感があった。下山後、近くのスーパー銭湯でお湯に浸かって高校サッカーをぼんやり見て、近くの回転寿司でたらふく食べた。正月も終わりである。

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著者プロフィール

坪田侑也(つぼた・ゆうや)
2002年東京都生まれ。現在、都内の私立大学医学部在学。2018年、中学3年生のときに書いた『探偵はぼっちじゃない』で第21回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。『探偵はぼっちじゃない』は2019年、KADOKAWAより単行本として刊行された。2022年、角川文庫。2023年5月、第2作となる長篇を脱稿。この第2作は『八秒で跳べ』として、2024年2月、文藝春秋より刊行される。

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