ぼくの小説作法
……・ときどきサンドイッチ作り・……
大石大
第12回 『恋の謎解きはヒット曲にのせて』
刊行によせて

2024.3.17

 YouTubeで、ゴミ屋敷専門清掃業者のチャンネルをよく観ている。
 そのチャンネルでは日々の業務の様子を投稿しており、ゴミ屋敷を一日がかりで綺麗にしていく過程を三十分程度に編集した動画を視聴することができる。
 見どころはおもにふたつあって、ひとつは、自宅をゴミ屋敷にしてしまった人の事情がよくわかるところだ。
 僕がこれまでテレビで観てきたゴミ屋敷特集は、たいてい古い一軒家で、部屋に積み上げられたゴミを「全部必要なものだ」と言い張る気難しい家主が出てくることが多かった。だが、YouTubeの動画を見ていると、ゴミ「屋敷」とは言うものの、業者が入る家は、小さなアパートであることがほとんどだった。依頼主たちも、決してエキセントリックな人間ではなく、仕事があまりにも忙しかったり、精神に不調をきたしたりしたせいで部屋を片づける気力さえ失い、結果的に部屋をゴミだらけにしてしまっていた。ゴミ屋敷の主はみな極端に偏屈な人間なのだという印象を持っていたが、それは偏見であり、誰もが部屋をゴミ屋敷にしてしまう可能性があるものなのだと学ばされた。
 もうひとつの、そして何よりの見どころは、ゴミ屋敷が綺麗になっていく様子を見られることだ。途方もない量のゴミを手際よく搬出し、たった一日で部屋が生まれ変わるさまを目の当たりにするのは、何度視聴しても爽快で、こちらの気分まですっきりしてくる。動画の時間はおよそ三十分程度だが、倍速だと十五分。たった十五分で、ゴミ屋敷が生まれ変わる様子を堪能できるのだ。
 よく映画の中盤で、勉強やスポーツ、あるいは転職など、新しいことにチャレンジし始めた主人公が、日々の努力によってどんどん実力を向上させていく様子がダイジェストで描かれることがある。ゴミ屋敷動画を倍速視聴することで味わう爽快感は、映画で主人公が急速に成長していく姿を見守る楽しさと、よく似ている気がする。
 残念なことに、現実の人生では、このような快感を味わえることはめったにない。実際の時間を倍速にすることはできないし、都合よく編集することも不可能だ。
 部屋が片づいていくさまを手軽に楽しめるわれわれ視聴者とは違い、作業員たちは、汗をかき、腐臭に耐え、身体のあちこちを痛めながら、ゴミを袋に詰めて外へ運ぶ、という作業をひたすら繰り返している。それと同様に、勉強やスポーツ、あるいは仕事、なんでもそうだが、日々こつこつ努力を重ね、成果が出ない期間やすべてを投げ出したくなる瞬間を乗り越えなければ、僕たちは何ひとつ成し遂げることはできないのだ。
 ただ、そうやって地道な努力を積み重ねていると、まれに、まるで倍速再生でもしているかのように、急速に自分が変わっていく時期が訪れることがある。
 三年前に刊行した『いつものBarで、失恋の謎解きを』を執筆している最中が、まさにそれだった。
 本書は、僕のデビュー二作目となる小説だ。
 新人賞受賞直後から二作目の執筆に取りかかり始めたのだが、なかなかいい原稿を書くことができず、短編を書き上げてはボツになる、というのを半年間繰り返した。新人賞を獲れたのはただのまぐれで、このまま二作目を出せないかもしれない、と諦めかけた瞬間もあった。
 だが、本作の第一話『CHE.R.RY』を書いて以降は、それまでの停滞が嘘だったかのように、第二話、第三話と、次々と書き進めていくことができた。そして、一話書くごとに、キャラクターの描き方、プロットの立て方、ストーリーに矛盾が生じたときの対処法など、執筆技術がどんどん上がっていく手応えがあった。
 文章力が向上していることも、ゲラチェックの際に気がついた。第一話は直すべき箇所が多く、ゲラが真っ赤になったのだが、二話、三話と進むにつれて修正箇所が減っていき、最終話はほとんど手を加えずに済んだ。
 本作を読んだ方がどう感じたかはともかくとして、作者としては、実力を大きく伸ばすことができた、思い出深い作品となった。
 このたび、本書が文庫化され、『恋の謎解きはヒット曲にのせて』というタイトルで刊行することになった。主人公が経験した過去の失恋にまつわる意外な事実、真相解明のきっかけとなるさまざまな心理学の知識、作中に登場する平成のヒット曲など、いろいろ読みどころはあると思っているのだが、第一話から最終話にかけて、作者の筆力がどんなふうに変わっていったのかも、たしかめながら読んでいただけるとうれしい。


著者プロフィール

大石大(おおいし・だい)
1984年秋田県生まれ。法政大学社会学部卒業。『シャガクに訊け!』で第22回ボイルドエッグズ新人賞を受賞(2019年2月1日発表)。受賞作は光文社より2019年10月刊行された。2020年、短篇「バビップとケーブブ」が「小説宝石」12月号(光文社)に掲載。2021年5月、単行本第2作『いつものBarで、失恋の謎解きを』を双葉社より刊行。2022年5月、単行本第3作『死神を祀る』を双葉社より刊行。短篇「シェルター」が「小説宝石」7月号(光文社)に掲載。短篇「危険業務手当」が「小説宝石」8・9月合併号に掲載。2022年10月、『シャガクに訊け!』が文庫化、光文社文庫より刊行。2023年、光文社より『校庭の迷える大人たち』刊行。2024年3月、『恋の謎解きはヒット曲にのせて』(双葉文庫/『いつものBarで、失恋の謎解きを』改題)刊行。

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