ぼくの小説作法
……・ときどきサンドイッチ作り・……
大石大
第14回 作家志望者は選評を熟読しよう!
2024.5.20

 投稿時代は、小説執筆のハウツー本を読んだり、好きな作品の構造を分析したり、過去の新人賞受賞作を手に取ってみたりとさまざまなことを試みた。
 中でも役に立ったのが、新人賞の選評を読むことだった。
 たいていの新人賞は結果発表の際に選評も公開され、それを読めば選考委員がどのような判断基準で受賞作を決めているのかがわかる。
 新人賞を受賞するというのは、つまりは選考委員に認められることなのだから、彼らがどんな小説を求めているのかを知るのは大切なことだ。それに、作家志望者の作品を大量に読んでいる人たちだから、アマチュアがやりがちな過ちもよくわかっており、選評の中で指摘してくれることも多い。選評にはデビューのためのヒントがちりばめられているのだ。
 選評も読まずに投稿するのは、過去問を解かずに試験に望むようなもので、あまりにも無謀だ。だが、僕は選評の重要性に気づかず、長いこと選評をろくに読まずに投稿を続けていた。しばらくいい結果が出なかったのは、それが原因だったのかもしれない。
 自分が狙っている賞の選評は当然熟読するべきだし、それ以外の新人賞の選評も、読めば必ず勉強になる。選評は、その賞を主催している出版社の小説誌で読むことができるし、インターネット上で公開している賞も多い。
 先日ボイルドエッグズ新人賞の結果が発表されたが、この賞もボイルドエッグズのホームページ上で選評を公開している。サイトには過去の選評もすべて残っており、初期は三浦しをんや滝本竜彦も選考に加わっている(そんな時代があったのだ)。この新人賞はほかの賞と違い、選考委員がすべての作品を読んだ上で選評を書いているため、投稿作全体の傾向を踏まえた上でのアドバイスをしてくれる。この選評を片っ端から読んでいけば、受賞するためのヒントがたくさん見つかるはずだ。
 たとえば第24回の選評には、作品内での「情報の整理」についての指摘がある。
 ある作品の問題点を指摘する際、こんな一文があった。
「この秘密はむしろ、前半で早々に明らかにし、それを踏まえた上での展開を考えるべきです」
 さらに同じ回で、別の作品に触れた際にも似たようなことが書かれている。
「『阿佐ヶ谷の神』の秘密が最後になって明かされるのですが、(中略)こうした情報は早く出してしまうべきで、あとになればなるほど『なあんだ』と驚きが損なわれてしまうのです」
 この、たいしたことのない秘密をもったいぶって最後まで明かさないというミスは、僕にも経験がある。
 ある秘密を抱えた登場人物がいて、初稿では途中まで秘密を匂わせておき、終盤で初めて明かしていた。だが推敲の際にそれが最後まで引っ張るほどの秘密ではないことに気づき、早い段階で秘密を語らせておき、それに合わせてストーリーを修正したところ、明らかに作品の完成度が上がった。作者としては、頑張って考えた秘密なのだからついもったいぶってみせたくなるのだが、その分読者を拍子抜けさせてしまうおそれがある。選評にもあるとおり、秘密を早めに明かし、その上でどんなストーリーを描くかを考えたほうが、いい作品になるケースは多いのではないかと思う。
 また、第25回の選評ではこんな一文がある。
「以前の講評でもふれているのですが、ボイルドエッグズ新人賞に限っては、『幽霊の成仏話』は第16回受賞の小嶋陽太郎『気障でけっこうです』に前例があるので、面白くても受賞作にはできないということをあらためて記しておきます」
 どうやら新人賞にはこのようなルールがあるらしい。
 せっかく時間をかけて面白い作品を書いたとしても、このルールに抵触すればそれまでの努力が台なしになってしまう。このような悲劇を避けるためにも、選評をたくさん読んで新人賞ならではの決まりを知るべきだし、ついでに言うと、投稿する賞の過去の受賞作はちゃんとチェックしておくべきなのだ。
 このほかにも、ネットで過去の選評が読める新人賞はいくつか存在するのだが、ここでは『このミステリーがすごい!』大賞に触れておきたい。
 数ある新人賞の中で、一番選評が充実しているのがこのミス大賞ではないかと思う。ほかの賞はみな最終選考作の選評しか掲載されないのだが、この賞は一次選考通過作にも選考委員のコメントが掲載されるのだ。せめて一次を通過して選考委員から一言もらいたい、と願ってこの賞に応募する人も多いのではないかと思う。
 僕はこの賞の選評を特に念入りに研究した。過去の選評を全部プリントアウトして、重要な箇所にアンダーラインを引きながら読み進めていったのだ。
 このミス大賞の選評で特に印象に残ったのが、ある選考委員が毎年のように「ご都合主義が気になる」と述べていたことだった。
 ご都合主義とは、物語を作者の思い通りに進めようとした結果、ストーリー展開やキャラクターの行動に不自然さが生じることを指すのではないか、と自分では解釈している。たとえば、人間関係に亀裂を入れさせたいがために、怒るほどのことでもないのに登場人物を激高させたり、事件解決の手がかりがたまたま主人公のところに転がり込んでくるような例がある。
 後者のミスは、僕も新人賞受賞作で犯してしまった。
 主人公は、知人がなにやらよからぬことをたくらんでいるのではと疑っていた。ある日、たまたまその女性が電話しているところを見つけたので通話を盗み聞きした結果、彼女は主人公の疑念が確信に変わる一言を放つ。
 このような場面を描いたところ、偶然が味方するこの展開はご都合主義的だから直すように、と受賞後に指摘されてしまった。修正後の原稿は、主人公が汗をかいていろいろ調べ回った結果、その一言を手に入れる、という流れに変わっている。
 ご都合主義だと指摘されるということは、作者が手を抜いていると言われているのと一緒なのかもしれない。キャラクターを血の通った人間ではなく、作者の事情に合わせて動いてくれる駒として扱ったり、物語を手っ取り早く先に進めるために幸運な出来事を主人公にもたらしたりすると、選考委員はすぐに見抜く。
 選考委員が何年にもわたって同様の指摘を繰り返しているということは、同じ過ちを犯す投稿者がたくさんいる証であり、選評を読み込まずに投稿する者が多いことも示している。やはり、自分が応募する賞に限らず、選評にはできるだけ目を通すべきなのだ。
 このように、選評には筆力向上に役立つ情報が満載なのだが、個人的には受賞作が出なかったときの選評の方が、作家志望者には役立つのではないか、と思う。受賞作を出せなかったのは選考委員にとって悔しい結果のはず。もどかしい思いで書いた選評には、新人賞を獲るためのヒントや注意点が、いつも以上にたくさん記されている印象がある(ちなみに、今回を含め、ボイルドエッグズ新人賞は受賞作なしの回が多い。主催者側にとっては不本意だっただろうが、作家志望者にとっては何よりの教材となる)。
 選評には面白い小説を切望する選考委員の思いが詰まっている。選評で得た学びを作品に反映させていけば、作品の質は格段に上がっていくはずだ。


著者プロフィール

大石大(おおいし・だい)
1984年秋田県生まれ。法政大学社会学部卒業。『シャガクに訊け!』で第22回ボイルドエッグズ新人賞を受賞(2019年2月1日発表)。受賞作は光文社より2019年10月刊行された。2020年、短篇「バビップとケーブブ」が「小説宝石」12月号(光文社)に掲載。2021年5月、単行本第2作『いつものBarで、失恋の謎解きを』を双葉社より刊行。2022年5月、単行本第3作『死神を祀る』を双葉社より刊行。短篇「シェルター」が「小説宝石」7月号(光文社)に掲載。短篇「危険業務手当」が「小説宝石」8・9月合併号に掲載。2022年10月、『シャガクに訊け!』が文庫化、光文社文庫より刊行。2023年、光文社より『校庭の迷える大人たち』刊行。2024年3月、『恋の謎解きはヒット曲にのせて』(双葉文庫/『いつものBarで、失恋の謎解きを』改題)刊行。

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