医者の卵のかえらない日々
坪田侑也
第15回 今夜はタイムリミットなんか忘れてやるのよ
2024.6.03
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五月一日 パワーポイント
 朝からずっとある学会の発表用スライドを作っていた。夜ズームでその発表の打ち合わせがあり、それまでに作り終えなければならなかったのだけれど、結局完成したのは打ち合わせの三十分前。ぎりぎりの滑り込み。載せたい情報を入力したら自動で最適な見やすいスライドを作ってくれるシステムでもあればいいのにと思う。いや僕が知らないだけで、すでにありそう。とにかく今日はへとへとになった。もうパワーポイントを見たくない。もうフォントをいちいち揃えたり、テキストボックスを挿入するとなぜか自動でつく枠線を消したりしたくない(たぶん作るのが下手くそなだけだ!)。
 
五月四日 ガクチカ
 夜、高校の同級生と飲んだ。時期的に話題に上がるのは就職活動の話である。誰がどこそこへ行ったとか、誰は落ちたとか、そういうまあちょっと下世話な噂話も混ざったりするのだが、まるっきり門外漢の僕からしたらどれも別世界の話で聞いていて面白い。商社とかコンサルとかなにをするのかよくわからないし、会社名も言われてもよくわからない。でもなんか響きはかっこいいなあと聞いていて思う。僕も話を合わせて「ガクチカ」とか言ってみたりする。「ガクチカ」とは「学生時代に力を入れたこと」の略らしい。二次創作のカップリングみたいだ。
 
五月八日 短編
 昨日から、短編の原稿に取り組んでいる。ある雑誌に依頼されたもので、テーマがあって、締切がある。雑誌に載せてもらうべく原稿を書くのは初めてじゃないが、いままではエッセイが多く、小説を書くのはこれが初めてだ(正確に言うと高校生のとき一度、ある雑誌に載せるために明確な締切を設けず短編を書いたことがあったが、その原稿は残念、没になった!)。
 テーマがある、というのが一番新鮮に感じる。いままで好き勝手、書きたいものを書いていたわけで、与えられたなにかしらの枠組みにはめなければならないというのは僕にとってある種の挑戦で、とはいえ挑戦だなんてデビューしてもう五年になるのになにをいまさらと思うけど、でもとにかく、わくわくする。良いもの書くぞ、と思う。
 行き詰まって悶絶するのは、おそらくまだ先のお話……。
 
五月十三日 学会発表
 月の初めに書いた学会発表の本番。といっても、録画をオンデマンドで配信する形式なので、僕は家でPCを開いていた。他のメンバーとズームを繋ぎながら発表する。僕の発表中、急にズームが落ちた。急いで学会発表のグループラインに謝罪を入れて、なんとかズームを再起動する。たぶん今月これ以上焦ることはもうないだろう、というくらい焦った。当然、発表は最初からやり直しである。

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著者プロフィール

坪田侑也(つぼた・ゆうや)
2002年東京都生まれ。現在、都内の私立大学医学部在学。2018年、中学3年生のときに書いた『探偵はぼっちじゃない』で第21回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。『探偵はぼっちじゃない』は2019年、KADOKAWAより単行本として刊行された。2022年、角川文庫。2023年5月、第2作となる長篇を脱稿。この第2作は『八秒で跳べ』として、2024年2月、文藝春秋より刊行。

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