医者の卵のかえらない日々
坪田侑也
第12回 はるか先の未来だと思ってた
2024.3.04
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二月一日 見本
『八秒で跳べ』の見本が届いた。素晴らしい仕上がりでした。さっそく、自室の本棚の『探偵はぼっちじゃない』の隣に並べてみた。緑と水色。いずれ本棚の一列を自分の作品で埋めたいな、埋めてやるぜ、なんて密かに決意する。
 
二月五日 大雪
 誰もが、雪国みたいな景色だと口を揃え、東京の交通機関は雪に弱いからと家路を急いだ大雪の今夜、滑らないように足元に注意しながら、僕は一人、渋谷は円山町の居酒屋に向かっていた。
 焼き鳥が有名だという店に入ると、店内には他に、カップルらしき男女の客がいるだけだった。待ち合わせの相手はまだ来ていなかった。案内された席は炬燵で、これは助かる、と潜り込む。温かいおしぼりでかじかんだ手を包んで、窓の外の雪道を眺めた。雪は音を立てず、しかし暴力的に降り続けていた。人々の歩幅を小さくさせ、都心の交通を麻痺させる。待ち合わせの相手も遅れているらしかった。
 今日会う相手は、小学校からの友人で「俺の友達が坪田に恋愛相談したいって言ってるから来てくれないか」という誘いだった。普段は友達の突然の誘いに対して腰が重いのだけれど、この誘いはなかなか面白そうで、よし行こう、と快く引き受けた。
 面白いと思ったポイントは二つあった。まず一つが、なぜ「坪田」なのかという点。僕は別に、経験豊富な恋愛マスターではないし、恋愛に一家言のある評論家でもない。断じて、ない。僕を誘った友人も、僕のことをそんなふうに評価している(誤解している)はずがない。それなのになぜ僕が抜擢されたのか、興味を惹かれた。
 もう一つが、友人の言う恋愛相談したい「俺の友達」とやらが誰なのかわからないというところだ。友人は、まあ会ってからのお楽しみで、なんて抜かす。坪田も知っているはず、と言われて、さらに興味をそそられる。
 二人(たぶん二人だよな? そこも怪しい)を待ちながら、相手は誰だろうと考えた。友人の交友関係に思いを巡らせ、あり得そうな人を頭に浮かべていく。そんな中、友人からラインが入った。
「悪い、もうちょっとかかりそう」
「おい頼むぞ。相談者が先来たらどうするんだ。二人きりになったら気まずいだろ」
「いや、俺その子と一緒にいる。一緒に行くから」
「その子」という単語に目が吸い寄せられる。その子。その子。ん? 
 その表現、まさかだけど、女の子か? 男子だとばかり思っていたけど、女子が来る可能性もあるのか? これは話が変わってくる。どう変わってくるのかは上手く言えないけど、とにかく想定していた会ではなくなる。いやともすると、恋愛相談と言うのもは口実でしかなく、実際は僕にその女性を紹介したい、とかだったらどうしようか。どうするもなにもないけど、どうしようか。そわそわしてきた。
 しばらくして、雪道に二つの影が現れた。一方は小学校からの友人。もう一人は、うん、男子だ。いや別に残念とかはないけれど、男子だ。顔が見えた。ああ、同じ中学の知り合いだ。へー、そこ繋がってたんだ。へーへー。
 勘違いしていた恥ずかしさを表情の下に押しとどめながら、僕は炬燵席に二人を招き入れた。雪を肩に乗せ、鼻の先を赤くした二人が「お待たせ」と言う。無駄にそわそわしてしまったことを、ドリンクを注文してから打ち明けると、二人とも笑ってくれた。
 ところでどんな相談だったかは、当然、秘密である。
 
二月六日 取材
 今回ありがたいことに、新作『八秒で跳べ』に関連して、たくさんインタビューのご依頼をいただいている(関係各所、ありがとうございます!)。執筆中になにを考えていたか、正直なところ忘れている部分もあるので、これで合っているかな、と過去の自分に恐る恐る伺いを立てながら、毎回答えているような感じだ。でもだんだん慣れてきた。喋っていると脇の下にじっとり汗をかいてしまうけれど、すらすら話が出てくるようにはなってきた。
 しかし今日のインタビューは、これまでとは勝手が違った。これまでの経験による慣れは通用しないだろうと、話をいただいた時点で悟っていた。汗がとめどなく噴出し、足と手が震え、言葉が出てこない。そんな状況も覚悟しなければ。「王様のブランチ」の取材、つまりテレビ取材である。
 結局、なにを喋ったかはあまり覚えていない。覚えていることといえば、まずスタッフの方にピンマイクをつけられたとき、おお芸能人みたいだ、すごいなあ、と嬉しくなったこと。インタビュー会場にはカメラが何台もあって、当然だけどすべて僕の方に向けられている。撮影が始まると、そのうち一つは仮設のレールの上をゆっくり動きながら撮影し始めて、すごいなあ、と馬鹿みたいに思ったこと。照明も煌々とたかれていて、明るいなあすごいなあ、と思ったこと。

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著者プロフィール

坪田侑也(つぼた・ゆうや)
2002年東京都生まれ。現在、都内の私立大学医学部在学。2018年、中学3年生のときに書いた『探偵はぼっちじゃない』で第21回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。『探偵はぼっちじゃない』は2019年、KADOKAWAより単行本として刊行された。2022年、角川文庫。2023年5月、第2作となる長篇を脱稿。この第2作は『八秒で跳べ』として、2024年2月、文藝春秋より刊行される。

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