医者の卵のかえらない日々
坪田侑也
第12回 はるか先の未来だと思ってた
2024.3.04

二月二十六日 この日記
 この日記連載の初回が、去年の二月二十六日だった、とふと思い出した。どうして記憶に留めているかというと、「二二六」という覚えやすい日付だからで、たしか一年前も、義務教育を受けている人なら馴染み深い日、などというイキった形容をしたような記憶がある。素直に「二・二六事件の日だもんね。覚えやすいですねえ」とか書けばいい。
 とにかく、今月もう何度目だよっていう感慨ではあるけど、もうこの日記を始めて一年、早いものだ。いつもその日は簡単にいくつか文を書いて、月末になって後から肉付けして形を整えるのだが、最近ではその肉付けの割合の方が多くなっていて、当日はテーマだけメモのように書き留めておくなんてことも少なくなく、日記とは名ばかりの文章群になってきた。もう少し、日記っぽく(その日の出来事を羅列する感じ)してもいいかなあとは思っている。
 まあ今後も自分のペースで書いていきます! あまり多くはないだろうけど読んでくれている方へ、ありがとう! フロム・ザ・ボトム・オブ・マイ・ハート。
 
二月二十七日 『冬に子供が生まれる』
 佐藤正午『冬に子供が生まれる』を読み終えた。試験期間を挟んだせいで、読了までにひどく時間がかかってしまった。でも無論、面白かった。僕は佐藤正午のファンだ、と改めて思った。佐藤正午作品への勝手なイメージで、読んでいると「街」が立ち上がってくるように感じるのだが(『鳩の撃退法』における「スピン」や「中野ふれあいロード」など)、今作はそうした空間的な広がりよりもむしろ、時間的な広がり、登場人物一人ひとりの過去から現在に至る人生が、読み進めるうちにどんどんと鮮明に立ち上がってくる読み心地があった。そしてそれらの別々の人生は、ある一つの事件をきっかけに変容したり、蛇行したりしている。その人生の数奇さみたいなものは、前作の『月の満ち欠け』にも通じるところがあるように思った。さらに『月の満ち欠け』や『Y』と同様、用いられるフィクション的な設定は決して奇抜ではなく、ともすれば一言で説明してしまうこともできるのだが(『月の満ち欠け』では「生まれ変わり」、『Y』では「タイムリープ」、みたいに)、そういう安易なことはしない。「不思議」を現実世界の中のものとして、どこまでも真摯に真正面から描いている。その姿勢が、他の作家にはない独自の物語世界を生んでいるように、僕なんかが言うのはめちゃくちゃ烏滸がましいけど、思ったりする。憧れもする。
 
二月二十八日 『テルマ&ルイーズ』
 リドリー・スコット監督の『テルマ&ルイーズ』が4Kリバイバル上映されているということで、新宿のシネマカリテに行った。チケットを取る際、「当館は2K上映となります」とは書かれていたが、まあ気にしない。その差がわかるかどうか我ながら怪しいものだし、なにより「かつての名作映画が美麗な映像で復活するのか、懐かしいなあ!」という気分で見に行くわけじゃないのだ。初見も初見。どうせどこかのサブスクにはあるんだろうけど、名作らしいし上映されているならせっかくだから映画館で観ようか、サブスクで見ようと思ってても忘れちゃいそうだし、くらいのノリである。
 ただ一応、『テルマ&ルイーズ』が観たいと思ったのにはきっかけがあって、高校生くらいのときに買った、『最高の映画を書くためにあなたが解決しなくてはならないこと』(シド・フィールド・著)という脚本指南書に、何度も引用されていたからだ。索引を見てみると、引かれた映画の中では二番目に多く名前が出てきていた。この本は作劇について、結構興味深い内容が描かれているのだが、欠点は、引用されている映画についてネタバレを恐れていない、ということだった。ちゃんと映画を見てから読んだ方がいいんじゃないかな、と思って、まだ熟読できていない。
 映画は面白かった。気になる点もいくつかあったが、家に帰ってからその指南書の『テルマ&ルイーズ』が引かれている箇所を読んでみて、納得できた部分も多くあった。実際に映画を見てから、それを例にとった脚本術を学ぶ。なんだか講義を受けているような気分だ。割と、楽しい。
 ちなみに上に書いた脚本指南書で最も多く引用されているのは、『ショーシャンクの空に』である。これも観たことがない。リバイバル上映はされるのかな? されるかもしれないけど、まあサブスクにあるだろうし、近いうちに観よう。

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著者プロフィール

坪田侑也(つぼた・ゆうや)
2002年東京都生まれ。現在、都内の私立大学医学部在学。2018年、中学3年生のときに書いた『探偵はぼっちじゃない』で第21回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。『探偵はぼっちじゃない』は2019年、KADOKAWAより単行本として刊行された。2022年、角川文庫。2023年5月、第2作となる長篇を脱稿。この第2作は『八秒で跳べ』として、2024年2月、文藝春秋より刊行される。

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